彗星のてんぷら

あげたての星からはイマージュの匂いがする

初夏の渡韓日記(三日目~五日目)

・病的な興奮から明けて、渡韓三日目の朝。午後九時頃に目覚めたが、明け方午前三時までうめき声を上げホテルの室内をうろつきながら一心不乱にミュージカル観劇の感想をポメラに打ち込んでいたとは思えない爽快さである。旅先で迎える朝っていいよね。

・本日の観劇予定は午後九時からのぶかまのみ。韓国語の先生に「カラマーゾフの兄弟のミュージカルを四回見てきます」と言ったら「四回も観るの!?」と言われたが、四十回は観たい。開演までに大学路に行けば良いので、それまではフリータイム。昨日諦めた国立現代美術館のリベンジと、安国付近の観光を盛り込んだプランで行動する。

 

~安国編~

・安国に到着したのが午前十時半頃である。町並みを見つつ「遅めの朝食でも軽く入れておくかな~」とふらりと食堂に入ってソルロンタンを注文して出てきたのが上である。銀の鉢には白米が山盛りに詰められており「韓国に来たら「「軽く食べる」」がどれほど難しいかとあれほど……!!!!!」と心のなかで自分の目に指を入れた。

日記にたびたび登場している美しい風景は、北村韓屋村のものである。

・正井さんからお薦めされていた北村韓屋村に向かう。韓屋が立ち並ぶ風情ある一角が観光スポットになっているのだが、ドラマや映画でよく見る町並みが凝縮されていて、非常にうつくしい場所である。ただ歩いているだけで楽しく、個人的にお気に入りになった場所のひとつ。気候がよかったのも幸いして、すてきな散歩を満喫した。

・国立現代美術館へと向かう。チケット売り場で「こんにちわ、1名です~」と言ったら特別展のチケットをくれたのだが、なぜだか無料だった。今思うと常用展のたくさんの絵画を逃しており、そっちが有料だったのかもしれないが分からない。おしゃれすぎるチケットを二枚も貰って大はしゃぎのわたし。

・なお、わたしが行ったときの展示は「ゲーム社会」「サスペンスの都市」というふたつの特別展示がなされており、両方すごく面白かった。映像的な芸術が中心で、見て回るだけでも楽しい。観るとたちまち不安定になるような映像芸術をしぬほど浴びてめちゃくちゃ元気になるドストエフスキーオタク。「サスペンスの都市」はスリラーの手法と話法を突き詰めた芸術作品が並んでいた。

・美術品ショップを見ている途中で雨が降り始める。通り雨らしいので、美術館付属のおしゃれなカフェでアイスコーヒーを飲みながらぶかまの翻訳を進める。後半の山場、イワン・フョードロヴィチの『大審問官Ⅰ』を翻訳する。昨日観て、やっぱり推しが頑張っているところだけはしっかり翻訳し直してから観劇しないと勿体ない……!!と思っていたので、集中してやる。『カラマーゾフの兄弟』には後半、それまでは極めて知性派らしく振る舞っていたイワン・フョードロヴィチが裁判という場、公衆の面前でひとりでめちゃくちゃになってしまうという非常に心痛ましくところによりエッチみたいな山場があるので、そこまで翻訳を終える。

・雨が上がって、暫く安国歩きを再開。お洒落な食器屋さんに行ったりお洒落なカフェを覗いたりうろうろしているうちに夕刻に差し掛かったので、安国を出て「乙密台」の水冷麺を食べに行く。

超有名な『乙密台』の水冷麺、非常に繊細でおいしかった。

・今回の旅行は、絶対に水冷麺を食べようと決めていた。ということで、自分が好きそう且つ行きやすそうな店として白羽の矢を立てたのが「乙密台」。餅粉とサツマイモで作ったもちもちの麺と、あっさりした牛出汁のスープが特徴である。味はかなり繊細で薄めなので、わたしのように薄味好みの人間には堪らないだろうが、人によっては水っぽいと感じるかもしれない。とにかく超有名店と聞いていたので構えていたが、午後六時頃に行くと、客はわたし一人であった。冷麺を堪能し、いざ! 大学路に戻り、ぶかまを観に行く。

・キャストが入れ替わり、まったく違ったカラマーゾフ家を観せて頂いてめちゃくちゃ楽しかった。しかしこの回、イワン・フョードロヴィチ役のカン・ジョンウさんがえっちだったことに記憶力の九割が取られてる。今回は「取りあえずミュージカル観劇で双眼鏡が欲しいならコレ買っとけ」と言われているピクセン/アリーナM 8×25を携えて渡韓したのだが、本当に買って置いて良かった。美が鮮明である。

・観劇が終わりホテルに戻るまえに、ホテル横のコンビニで細々したものを買うのがブームになっており、この日もヨーグルト飲料とアイスクリームを購入した。そしてアイスを囓りつつ、深夜まで観てきたものの記録を取る。しかしカンジョンウさんがえっちだったことしか覚えていない。ジョンウさんのイワン、ヴィジュアル、声、立ち振る舞いに役者さんが解釈した高慢で繊細な「イワン」が凝縮されていてよかった。昨日の手直しもしつつ、午前二時には就寝。

 

四日目

・旅行行程のなかで、一番緊張感のある四日目。もともと正午過ぎから眉タトゥーの予約を入れていたのだが、初日に予定していた大劇場ミュージカル『レッドブック』が中止になったことで、ほとんど被るかたちでこのミュージカルの昼公演チケットを取っている。見知らぬ地でのギリギリ行程、燃えますね(燃えない)

・今回行く美容サロンは韓国語教室の先生のお墨付き。ラインから日本語で予約できるなど、日本人向けのサービスも充実していて安心できる。いざ施術! 何度も先生が下書きをして一番良い形を見つけてくれるのだが、わたしは皺眉筋が発達しすぎるため、かなり先生の手を煩わせた。この筋肉、眉をひそめたり眉間に皺を寄せすぎると発達してしまうらしく、如何にわたしが日々険しい顔で生きているのかが分かる。施術自体はカウンセリングも併せて一時間半で終わった。痛みについては、わたしはほんの少しはあったのだが、横の席のお姉さんは「え?本当に今入れてます?本当に?」と何度も確認するくらい痛くなかったようなので、個人差があるようです。

・美眉を手に入れたわたし、鏡を見て大喜び。暫くは水に濡らさないように、などの書注意を受けて、サロンを後にしました。ちなみに、わたしが行ったのはELLE Artmaik(@elleartmake)さんです。渡韓して眉タトゥーの予定があるかたは、是非ご参考に。

・さて、韓国ミュージカル『レッドブック』の開演は午後三時。サロンを出たのは午後二時、現在地から劇場までの所要時間を調べてみると、一時間。ギリッギリだが、射程圏内に入っている。ということで、劇場までダッシュ!!! これ、概念ダッシュだったら良かったのですが、大学路に到着した時点で開演まで十分を切っており、本当に走りました。ふたたび汗みどろになる顔。「ああ、水に濡らしちゃダメって言われたのに……!!!」と思いつつ大学路を滑走しました。

韓国で愛されるミュージカル『レッドブック』、非常にフェミニズム要素の強い作品で面白かった。

・ミュージカル『レッドブック』の舞台は十八世紀のイギリス。アンナという才気ある奔放な女性が官能小説家としての才能を咲かせていく様子を描いたフェミニズム作品で、韓国のオリジナル作である。実は、昨年冬に観に行った『女神様が見ている』と同じ脚本家の作品であり、物語も曲も魅力的で、韓国でも非常に人気が高い。

・これが本当にいい作品だった。女が自分のために働いたり、文章を書いたりすることが異質と見られていた時代。まして自分の身体のことや性欲について物語るなんてとんでもないと見られる世の中を、アンナは悩んだり苦しんだりしつつも、元気に力一杯に生きていく。舞台が十八世紀となっているが、二十一世紀でも未だ残りつづけるミソジニーの問題をかなり脚本に取り入れていて、そういう部分でも見応えがある。またこの作品は、アンナが「自分とは何か?」を問い続ける作品でもあり、本当に曲を聴くだけでも涙が出るような名曲がたくさんある。ちなみに、作中で登場する女達の文芸サークル「ローレライの丘」にまつわる挨拶曲が好きすぎてブログに翻訳を投稿したので、また興味があるかたは併せて聞いてみて下さい。

 

kakari01.hatenablog.com

 

・ぶかままで時間を潰すために、再びおしゃれなカフェに。ここのフルーツショートケーキがすごく美味しかった。レッドブックの余韻に浸りつつ、遂に最後の観劇となった本日のぶかまに向けて精神を整えていく。……はずだったのだが、カフェを出るころに頭痛の気配を察知してじゃっかん焦ることになる。

・当然、頭痛持ちのわたしは日本から頭痛薬を持って来ているのだが、つめが甘いのですべてトランクの中である(持って来た意味ある?)韓国の薬局は日本のドラッグストアとは少し勝手が違うので、コンビニでお菓子を買うようにはたぶん頭痛薬を買えない。ということでネット検索をしてみたのだが、どっこい、なんと韓国にはコンビニで頭痛薬が買えるということが分かった。ということでコンビニに走り、事なきを得た。

・観劇前に、日本からフォロワーさんが観劇に来られているというので待ち合わせてご挨拶する。初演からぶかまをご覧になられているとのことで、そのへんの話もいろいろ聞かせて頂いて本当にたのしかった。わたしが無事に韓国に来てミュージカルを見られているのも、韓ミュ沼の先輩方がいつも親切に導いてくださっているからである。この場を借りて、本当にお礼をお伝えしたい……有り難うございます!!!!

・最終日ぶかま、癖が強くて楽しかった。こんな胡散臭いイワン・フョードロヴィチ、初めて見た…。ドストエフスキーの作品のなかで、クソ野郎共の地獄の祭典ライトノベル『悪霊』という作品があるのだが、そこでも十分やっていけそうな人材であった。

 

五日目(おまけ)

・この日は帰国日。余裕を持って空港に向かう。ちなみにこの日、月一で参加しているオンラインのドストエフスキー読書会の開催日と被っており、いかなるドストエフスキーチャンスも逃がしたくないわたしは、仁川空港から参加することになっていた。

・仁川国際の四階はオープンカフェスペースになっている。韓屋っぽいスタイルのお洒落なカフェスペースで、わたしが行ったときは殆ど混んでいなかった。デカいカフェオレを購入し、長時間いても目立たなそうな場所を確保し、ZOOMに繋いだ。この日は『虐げられた人々』についての読書会だったのだが、非常に充実した二時間四十分を過ごせた(長い)ドストエフスキーを読んでみたいけど、何から読んだら良いか……というひとは『虐げられた人々』がお薦めです。おれのネリーが良すぎるから読んでくれ。

・ということで、韓国とドストエフスキーを堪能した渡韓旅行となりました。応援していてくださった皆さま、本当に有り難うございます。今から、次のぶかま再演に向けて韓国語をムキムキにしておきたいと思います!!!