彗星のてんぷら

あげたての星からはイマージュの匂いがする

喧嘩から顔のある対話へ――碇雪恵「そいつはほんとに敵なのか」を読む

 先日、友人に買って勧められて買った本だ。
 定期的にビールを飲み交わしては、互いの生活や執筆や世の中への不満などを語り合う友人の一人と話していたときに、セーフスペース、及びオフラインでの集まりについての話になった。
 SNSが発達し、コロナが弾け、オフラインでの交流が容易くなり、どこにいても人と繋がれる時代になった。そのお陰で、自分と同じような趣味や悩みを持っている人々と出会うのが容易になり、地方に住んでいたとしても、オンラインでの各種授業やイベントにも気軽に参加できるようになった。
 しかしその反面、SNS上での意見の対立や議論、攻撃なども後を絶たない。個人のバックグラントを抜きにした「特定の話題」について先鋭化した言葉のやり取りは加熱しやすく、何らかのトピックが立ち上がるたびに陣営に分かれてドッジボールをし始めなければならない空気感に、疲れている人も多いのではないだろうか。
 容易いがゆえに、便利がゆえに、SNSやオフラインでのコミュニケーションには限界がある。
 そういうことを話していたと思う。
 そんなときに、友人が教えてくれた本が碇雪恵氏のエッセイ『そいつはほんとに敵なのか』であった。

 

 この本は、著者碇氏が自分と他者との距離感やコミュニケーション方法、生き方などについて内省を重ねつつ、一歩一歩と前に進んでいくようなエッセイである。
 碇氏が「はじめに」で紹介しているように、本書は「喧嘩がしたい」という碇氏の鼻息あらい欲求から始まり、さまざまを経て「そいつはほんとに敵なのか」という自問自答に至るまでを書いている。
 なお、章立ては「喧嘩がしたい」「純度の高い親切」「友情の適正体重」「悪意に顔があった」などなどが並び、どれもこれも面白い。
 人間、いつまでも人間関係で悩んでるよねえ――(わかる)

 ちなみに、四十二歳という碇氏は自分という人間を過去も含めて非常に深く見つめつつ、他者との関係を探っていくのだが、特に「自分の中にいるヤバイやつ」に対する洞察が鋭く面白かった。いつ、どういうタイミングで自分の「ヤバイやつ」が顔を出すのか、またそれは何が引き金となっているのか。碇氏は自らの中に深く潜り込んでいく。
 というか、私自身、実はかなり碇氏と同じような攻撃性を持っている。だからこそ、余計に碇氏の経験や探求が興味深かった。それと同時に「自分以外にも、こんなに『ヤバイやつ』を飼っている人がいただなんて嬉しい……」という感情もあった。
 このへんの「ヤバイやつ」が、どれくらい共通のものなのかわからない。
 今は碇氏と私で2/2だが、他の人の感想も聞いてみたいと思う。

 

 本書の目玉的な章は恐らく、「自分が支持しない政党に投票した人に会いに行く」だろう。
 自問自答を重ねた碇氏は、先の選挙で参政党に投票した人物に会いに行くことにしたのだ。しかも会話ではなく、対話をするために。
 この章はエッセイというよりかは、そのまま対談のようなかたちで掲載されている。
 碇氏はリベラルに近い立場であり、対談の相手となる参政党に投票した人とは政治的態度としては相知れない。そんな二人が、顔を合わして対談している。ここは実に読み応えがあって、いろいろ考えさせられるところが多かった。

 本書を読みながら、ルース・ベイダー・ギンズバーグを主人公とした映画を思い出した。
 米国史上二人目の女性最高裁判事として、また性差別の撤廃などを求めるリベラル派判事の代表的存在としてアメリカで大きな影響力を持ったギンズバーグ。彼女は今でもリベラル層のシンボル的な存在の一人だが、最高裁判事の保守派スカリア判事とは法律や社会に対する信念がかなり異なっていたにも関わらず、プライベートでは親しい友人だったという。映画でそう説明されたときの衝撃が、自分の中でいまだにずっと残っている。

 

 相手を「敵」だと思うとき、私たちは対象を容易く非人間化してしまいがちだ。
 でも、そういうコミュニケーションの果てに、一体何が生まれるのだろう。
 本書は、元々このようなコンセプトを持った本ではなかったという。しかし、碇氏が悩み、よどみつつ語る自分と他者の関係性を見つめる中で「そいつはほんとに敵なのか」に至るまでの過程は、それがリアルだけに真に迫ってくる。
 分かりやすさを求めがちな今、より強い言葉が注目を集めがちな今だからこそ、碇氏の逡巡しながら言葉を発する姿勢、相手の顔を見つめようとする真摯さに胸を打たれる一冊だ。
 

クィア文学の最先端キム・メラ「夕焼け」評

 思いつきで十数年間働いた会社を辞めたので時間が膨大に余っている。
 ということはなく毎日それなりに忙しくしているのだが、多少融通が利くようになったので、以前から書きたかったブログをぼちぼち書いていくことにする。
 歳を重ねていくと、自分の人生で何を選んで何を選ばないのかをよくよく考えさせられる。果たして自分の選択がこれから自分をどこに運んでいくのか甚だ謎なのだが、まあ毎日を一生懸命生きていればいつかどこかへは辿り着くであろう。

 レビューを書きたいと思っていた本があるので、本日はそれを紹介する。
 韓国の作家キム・メラの小説『私を夢に見てください』である。

 昨年の十二月に出版されたキム・メラ初の邦訳小説だ。

 キム・メラは2014年に登壇後、小説家として活動しているクィア作家である。2024年に「若い作家大賞」を受賞した。日本での認知度はこれからだが、韓国での注目度は非常に高い。また、本国の韓国文学のムーブを日本にいち早く届けようとする出版業界及び韓国文学オタクの間でも注目度が高いのである。

 どれくらい高いかというと、2025年K-BOOKS振興会及び株式会社クオン主催の「第9回日本語で読みたい韓国語の本」という翻訳コンクールの課題作の一つがキム・メラの短編「에콜(エコール)」であった。更に今年、韓国文学翻訳院の翻訳コンクールの課題作もキム・メラ「아무래짜」である。
 こんなふうに課題の作家が被ることあるんだ……、と思いながら『CREA』の2025年春「韓国のすべてが知りたくて」の特集の韓国文学についての記事を読んでいたら、翻訳院の出版チーム長を務めているパク・ジウォンさんも現在注目の作家の一人としてキム・メラの名前を挙げておられていた。やはり推されている。

「韓国文学への関心が世界的な広がりを見せている」韓国文学翻訳院の担当者が語る、いま韓国文学が注目されているワケ

  何が、そんなに面白いのか。個人的には、現在一番クィアで尖っていて格好良くて優しくて厳しくもある作家のうちの一人がキム・メラだと思っている。

 『わたしを夢に見てください』に収録された作品で「夕焼け」という作品がある。
 この作品の語り部は、何を隠そう「ディルド」である。
 ディルド……そう、打ち間違えではないですよ。所謂、男性器を模した大人のオモチャのあれである。

 この記事を書く前に、一頻り「はてなブログ」の利用規程を確認してしまったが、過度に性的や残酷な内容でなければセーフらしいので、至極真面目にディルド文学を論じようとしている本記事は恐らく何の問題もないだろう。たぶん。

 小説において、「誰が何をどの視線からどう語るか」というナラティブの問題は常に熱い議論が交わされる。小説の面白みというのは複数あるが、このナラティブに対する着目がなくては語れない。その点で、このナラティブの選択がどれだけ尖っているか、理解できるというものだ。

 レズビアン・百合作品を愛する人間にとって、この世の男根崇拝主義がもたらす「偏った傲慢な勘違い」に歯噛みをした人間も多いはずだ。

「女同士でセックスするにしたって、チンコはあった方がいいだろう。いや、必ずあるべきだ、なくてどうする! なんなら男がいなくてどうする!!」

 そんな男根主義に汚染された社会に「死ね!!!!」と鉄槌を食らわすべく描かれた小説が本作である。(※勿論キム・メラは直接そうとは言っていない。上記はわたしの感情です)

 「夕焼け」の主人公は、とあるレズビアンカップルである。彼女たちは学生の頃に出会い、愛し合うようになる。そんな彼女たちが共に暮らすようになり、記念としてショッピングしたのが、このディルドである。彼女たちに買われ意気揚々と配達されてきた「私(ディルド)」は、しかしその後、思いがけず一向に使われる気配がないことに気付く。まさか。自分を必要としていない女がこの世にいるというのか。それが例え、レズビアンカップルだったとしても――。

 物語が進むに擦れ、語り部の焦りは最高潮に達し、自らの「男性器」に対する歪んだ自負心と崇拝がまろびでる。「私」は苦悩のあまり、自我に目覚め、自らに名前を付け、そしてつぶさに女たちを観察する。
 ナラティブだけで既に優勝できそうなほど面白い。
 しかし更に「夕焼け」では、韓国における女性同士の暮らしにおける細やかな描写が盛り込まれている。彼女たちの語る言葉、食べる食事、仕事のこと、お金のこと、隅々までを丁寧に描写している。
 『わたしを夢に見てください』には、マイノリティたちを取り上げた作品が多数収録されており、どれも面白い。本作「夕焼け」だけとっても、既にお釣りが出るくらいであろう。

 マイノリティ文学、クィア文学の最先端を味わえるキム・メラの世界。
 これから何を読ませてもらえるのか、わたし自身も非常に楽しみな作家である。

ハイカロリーエンタメ破滅中編小説『賭博者』を読もう!

 ※ この記事は2024年配布の無料配布ペーパー『賭博者を読もう!』に手を入れたものです。

 

 ドストエフスキーは四大長編から入った。そのため、初期から中期にかけて登場する青年主人公たちが、やさしくおっとりした器用貧乏調停役みたいな青年たちばかりであるのは最近知ったことだ。ぱっと思いつくのは『白夜』『虐げられた人々』『ステパンチコヴォ村とその住人』などの作品だが、いずれも周囲で巻き起こるトラブルに巻き込まれる人の良い青年たちが出てくる。彼らは如何にも文学作品の主体になり得そうなある種の「ナイーブさ」を持っていて、そういうところに好感度もあり魅力もあるが、やはり後期のクソヤバ登場人物たちを知る身としてはいささかの物足りなさがあるだろう。
 その風向きの変化を明確に感じられる作品が、一九八八年に発表された『賭博者』だ。主人公、アレクセイ・イワーノヴィチのキャラクターの良さは筆舌に尽くしがたい。彼は貴族ではあるもののさして身分は高くなく、ある将軍家で家庭教師をする二十五歳の青年である。知らない人とも目が合っただけで喧嘩を吹っかけられる血の気の多さ、口が達者で詭弁を使いつつ行われる鋭く辛辣な悪口、恋をすれば自分でもわけが分からないほどめちゃくちゃになってしまう狂気、あと権力に対してかなり反発心があるなどの特徴を併せ持った非常なる面倒くささを持っている。当然、調和にまったく興味のないアレクセイは自分が属する貴族社会では浮いているのだが、青年主人公が迷惑を掛けられる側から掛ける側に回ったときの面白さったらない。「これまでたびたび読んできたいかにも大人しい青年主人公たちのあとに、こんなブレーキがぶっ壊れた可愛い男の子を出してくるなんて!」と当方読みながら色めき立ったが、考えてみれば、当時ドストエフスキーは平行して『罪と罰』を書いており、ある意味では「青年主人公転換期」としてこの二作はコインの裏表とも言える。ラスコーリニコフを書きながらアレクセイも書くドストエフスキー、死ぬほど面倒くさい男を同時期に二人も相手しているなんて一体どんな体力なんだ。


 『賭博者』は、アレクセイが家庭教師として入り込んでいる将軍家で巻き起こる恋や金銭面での擦った揉んだを描く中編小説である。この小説の登場人物たちは、小説が始まった瞬間からとにかく金がなく、金がないために人生が詰んでいるのだが、それは将軍家の人々を冷ややかに眺めるアレクセイ自身も同じである。身分が低いアレクセイは、将軍家の令嬢ポリーナに激しい恋心を抱いているものの、まるで相手にされていない。
 このポリーナとアレクセイの二人は、ドストエフスキー作品でも指折りの喧嘩カップルで、会話のすべてが試合と言っても良いほどの激しさを持っているため、読んでいると死ぬほど気持ちがブチ上がる。ポリーナとアレクセイが主従関係にあり、全然言うことを聞かないアレクセイ(奴隷)と誇り高いポリーナ(令嬢)という関係性の勾配が良いスパイスになっている。 人生に大逆転はあるのか。大逆転なんてそれはもう、ものすごい金額の遺産が転がり込んでくるか、さもなくば賭博で大勝ちするしか――ああ、我々にも破滅の虹が見えてきましたね!
 有名な話だが、ドストエフスキーはこの話を書いていた頃、ルーレット賭博にハマって破産していた。政治犯として逮捕され、死刑執行の直前にまさかの恩赦を受けてシベリア流刑になり、刑期を終えて出てきた後のことである。無論、賭博ばかりが原因ではなく、兄ミハイルが亡くなり事業の借金を肩代わりせざるを得なかったという背景も、あるにはある。そんな折に、悪徳出版人と全集出版の契約を結ぶ羽目になった。この契約は、全集にむけて長編一篇の執筆を約束されるばかりか「締め切りに間にあわなければ、以降九年間の作品を印税を払わずに出版出来る」という悪魔のような条件までついていた。その納期に間に合わせるべく、死に物狂いになったドストエフスキーが口述筆記で僅か二十七日あまりで執筆した作品が本作である。登場人物たちの人生も詰んでいるが、恐らく本当に一番人生が詰んでいたのは作者であろう。当時の賭博場の風俗、賭博に取り憑かれた人間の熱狂、金がないばかりに死に物狂いに追い込まれる人間たちの描写の生き生きすることたるや、そのどれもが当の作者が頭からどっぷり浸かり込んだ体験談なのだから怖いくらいである。


 また『賭博者』には女性キャラクターが多く登場し、それぞれ癖のある魅力を持っているのも良い。ポリーナの発露する複雑な感情が、男と金の庇護下でなければ生きていけない人生に対する自尊心の傷付きや絶望感から来ていることを思えば、フェミニズム観点からの読み解きも大いに出来うる。ドストエフスキー作品における社会から取るに足らない者とされる人間たちへの眼差しというのは、非常に高い精度を持って描かれるが、それは女性描写についても例外ではない。抑圧されて生きざるを得ない彼女らの目が苦痛と憎しみに燃え上がるとき、その背景にある社会の問題を踏まえて読むと、現代まで地続きであるさまざまな事象が立ち現れてくる。加えて、本作では印象的な老婆が――アントニーダが登場するが、老婆が生き生きと大暴れする作品は、おしなべて名作である。
 「賭博者」は恐らく、ドストエフスキー作品でもどちらかと言えばマイナーな部類に入る作品だが、比較的薄いので、ちょっと気になった人はぜひチャレンジしてみて欲しい。本作においては難しい哲学要素はあまり登場せず、物語のうねりを一気に楽しめるのも特徴だろう。
 破滅のよろめきと熱狂、追い詰められた人々の神経のうわずりがルーレット台に合わせて激しく旋回する『賭博者』! こんなに端的にキマる娯楽小説がドストエフスキーにあったなんて、と思わせてくれる一冊である。

 

付録・登場人物

アレクセイ・イワーノヴィチ
 二十五歳で将軍家の家庭教師。勝ち気で向こう見ずな情熱を持つ若者。ポリーナに激しく恋をしている。ドストエフスキー作品に出てくるクソヤバ台詞を集めると、もしかしたら一番頻出度が高いかも知れないとささめかれている人物である。
 個人的にアレクセイ、すごくお気に入りなのだが、私がクソ男が好きすぎて目が曇っているのか、それとも誰が見ても見所がある若者なのか分からない。読んだ人は教えて下さい。
将軍
 五十五歳のロシア人男性。妻に先立たれている。デ・グリューに多額の借金がある。ドストエフスキーはこういう、いかにも取り柄のない気の弱いおっさんを書くのも上手い。
ポリーナ・アレクサンドロヴナ・プラスコーヴィヤ
 将軍の義理の娘。気位が高く、アレクセイを振り回す。謎が多い。ドストエフスキーの愛人ポリーナ・スースロワがモデルとされている。高飛車でわけのわからない女、とこれまで解されがちであったが、当時の女たちが男の付属品であり続けるしか生きる方法がなかったことを思うと、彼女の身が引き絞られるような苦痛や不安、アレクセイへの想いについても実に納得がいく。
マドモワゼル・ブランシュ
 二十五歳のフランス人女性。浪費家で権威欲が高いが、後半では独特の魅力が現れる。
ミスター・アストリー
 純朴な性格の英国人実業家。ポリーナに恋をしている。温厚で理知的な人物である。地味な登場をし続けるが、アストリーのいない賭博者なんて考えられないほど良心の軸である。
デ・グリュー
 フランス人侯爵。複数人の債権者。形式ばかりの軽薄で醜悪な人物として描かれる。当然、アレクセイとは仲が悪い。
アントニーダ・ワシーリエヴナ・タラセーヴィチェワ
 七十五歳になる将軍の伯母。資産家で危篤状態とささめかれている。権威高で無鉄砲でやりたいように振る舞うが、心優しくもあり魅力的な婆さんである。

大阪韓国文化院に行ってきた

 今年はもう少しブログを更新してみてはどうかしら、と考えている。

 コンスタントに日常を落とし込むのに、なかなか適した場所が見つからないので(さようならわたしの愛したTwitter/と言いつつしXも未だぶとく使っているが)いっそブログに帰り咲いてみては如何だろうかという考えだ。こういう回顧的な流れは現在わりとちらほら起こっているようで、何だったら個人サイトをもう一度作ってみようかとも思っている。いろいろ書いたり、書いてきたものを纏められるような「本陣」みたいなものがあったほうが、やはり個人的には心地良い。

 コンスタントに書くならば、割と肩の力を抜いたほうが良いので、今回はざっくりした日記ということにしよう。

 

 韓国文学翻訳の勉強が出来るところをいろいろ探していたら、大阪に『大阪韓国文化院』というところがあるのを知った。ホームページを見てみると、歴史的、現在的な韓国文化を発信、紹介するための施設で、各種展示やイベントがいろいろ催されており、また語学教室や料理教室なども開かれている場所であった。

 現在の展示は、K-ART「パク・ニシャン 第四の壁」という、俳優でもあり画家でもあるパク・ニシャンの展示がされているとのことだった。ホームページ上に挙がっていた写真が格好よかったので軽い気持ちで出かけたのであるが、これがすごく良かった。

 

 展示室は大きくなく、さっと見渡せる程度であるが、デカい美術館だと三、四時間くらい篭もってしまうわたしからすれば、これくらいの規模が見やすくて嬉しい。実像を捉えつつも抽象画に解けていくような筆遣い、目の醒めるような青色や赤色の色使いがものすごく格好良い絵画がたくさんあった。

 

 韓国に行った時に現代美術館も何度か足を運んだのだが、韓国の現代美術はものすごく面白いんじゃないだろうか。今回、見に行こうと思ったのも現地で見た作品がみんな良かったからだ。

 ちなみに現地の美術館も無料で入れるところが多かったが、この大阪文化院も無料で一階から四階までの展示を観られるし、この絵画展も無料で更に絵画の写真と画家のコメントが掲載されたパンフレットまで貰えた。

 

 一際目を引くのがこの絵画だが、すごく格好良い。驢馬を描いたというより、線の集まりが驢馬になっているような印象も受ける。こういう一筆のパワーが強い絵画はいいよな(趣味)

 

       

 絵の具の扱い方がかっこういいのでアップで撮った。

 

 見応えがある作品がたくさんあり、展示室自体も格好良かったのでお薦めだ。ちなみに韓国の展示室とか美術館ってこういう無機質系というか、配管剥き出し系が何となく多い気がするけれど、韓国の特徴なのか只の今風のセオリーなのかは分からない。日本の展示室はもっと無機質的に真っ白な感じがするような気がするのだが。個人的には格好良くてたいへん好きなスタイルだ。

 

 ちなみに、他の階でも韓国文化を紹介する展示がたくさん見られたり、ゲームがあったりして良かった。韓国映画を観られるスーペースや、韓国絵本を読めるスペース、各種書籍が借りられる図書館もあって楽しかった。

 図書館では、以前読んだ『29歳、今日から私が家長です。』が面白かったので、作家イ・スラの『日刊 イ・スラ』を貸し出しして貰った。現代韓国において、新しいスタイルで文学を引っ張っていくイ・スラの姿は非常に格好良くて、注目している。原書も充実しており、文学を問わず色んな種類の本があったので、今後有効に活用出来たらいいなと思う。

 わたしを含め、韓国エンタメに興味を持つ人が多いと思うが、それを足かけに現地の人々や暮らしや文化に興味を持つ人も多いと思う。そう言うときに、こうやって橋渡しの役割を担ってくれる施設があるのは有り難い。大阪韓国文化院、色々な催しをずっとやってくれているようなので、今後も定期的に利用していきたいと感じた。お薦めです!

掴め!読書会という幸福 ~オタクと読書会~

 皆さま、こんにちわ。#ぽっぽアドベント2024 、13日担当のかかり真魚です。
 有り難いことに今年も主宰者はとさんのご好意により、この素敵な年末のイベントに参加させて頂けることになりました。ハッピーを牽引する名人、はとさんの優しくて頼もしいパワーに感謝しつつ、今年も楽しい記事の数々にとても楽しい毎日を過ごしております!!!!

 


 なお、近年のわたしのぽっぽアドベント記事はこちらになります。

kakari01.hatenablog.com

kakari01.hatenablog.com

 

 ぽっぽアドベントを毎年楽しまれている方なら、わたしが筋金入りのドストエフスキーオタクであり、その余波でロシア語ではなく、なぜか韓国語を一生懸命勉強していることは既にご存じかと思います。
 こやつ、また今年もドストエフスキーの話をしようとしているのではあるまいか。
 なるほど、そのようなご意見を持たれることも尤もです。しかし母数の関係上により、ドストエフスキーのオタクは一人につき千人分喋って見せてこそ、つまりいったん口を開けば一息で文庫本十五頁分くらいの分量をぶっ通しでのべつ喋りまくってこそ「ああ、こういうオタクもいるんだな……」と人々の認知にようやっと上りもし、はたまた「おや……そんなに面白いっていうんなら、ちょいと古本屋で投げ売りされている『賭博者』でも買って読んでみようかい」という御仁が現れる日もあるかも知れないというものです。
 オタクに妥協なし。ドストエフスキーオタクは酸素を吸って生きているのではない、酸素を吸って燃え上がっているのだ。ということで、例年に違わず喋りまくっていこうと思います!!!


 さて今回のテーマは「枠を壊せ!」です。わたしは今年、二つの読書会に参加していたのですが、いずれも素晴らしい幸福を得ました。それは「読書は基本的にひとりでやるものである」という枠を壊した先からやってきたものです。
 わたしは『ドストエフスキー読書会』と『原書でキム・ジヨンを読む読書会』に参加しており、この記事では、これらの読書会について書いていきたいと思います。

 

          ※

 

 みなさんも読書会、参加されたことがありますでしょうか?
 わたしは幼い頃から本を読むことが好きでしたが、大人になるまで特に読書好きの友人も付近におらず、孤独に読書をしてきたタイプの人間だと思います。一人で静かに片田舎のブックオフに行き、一人で静かに立ち読みし、一人で静かに百円棚から面白そうな本を買いまくり、一人で静かに耽読して参りました。(当時は図書館という文化施設に通う概念がなかった)
 やや成長したあとは、インターネット上で本読みの方々のブログや掲示板などで他人の読書体験を追従する面白さなども得ましたが、実際に大人数でリアルタイムの意見を交わし合うことなどはありませんでした。
 読書会と言えば、ひとつ思い出すことがあります。高校生の頃、学校の廊下に張り出された「校内読書会」のポスターです。そのポスターは月に一回貼り替えられ、毎月一回図書室で楽しげに行われている催しを幾度となくわたしに伝えてきました。
 めちゃくちゃ行きたい。
 楽しそうだし、ここに行けば、本が好きな人たちと友人になれるのではないか。
 そう思いながらも、三年間わたしが校内読書会に参加することはありませんでした。当時わたしはバリバリの運動部員であり、課外時間は朝練夕練と死ぬほど走らせられまくりベンチプレスをさせられまくりわけの分からない各種筋トレをさせられまくりと死に物狂いで運動をさせられており、兎にも角にも忙しかったのです。「読書会に行きたいので部活休んで良いですか?」と口に出すことはなんとなく死を予感させられることでもありました(そのような運動部至上主義の態度をわたしは支持しません)。死を飛び越えて参加すればよかったと今では思いますが、当時の頼りない子供だったわたしには、それはとても難しいことでした。

 ああ、憧れの読書会。そして思い出す学生時代の苦痛と窮屈さ。
 このような記憶を鑑みると、わたしにとっての読書会参加は、まさしく当時はできなかったことにコミットしてみるという、自分の枠を壊して外界に飛び出していくことでした。

 それでは以下、わたしが今年参加した二つの読書会を皆さんにご紹介してみたいと思います。レッツゴー――!!!!

 

キャプションがあると盛り上がるので急遽それっぽく撮影された写真です。本を仕舞うための四次元空間の発明が待たれる(←電子図書では?)

     

          ※

 


1『ドストエフスキー読書会』(オンライン)

 主催はロシア文学者の杉里直人さんで、その他七名のメンバーがいます。杉里さんと同窓でロシア文学を学んだというかたもいれば、教え子のかた、今もドストエフスキーを研究されているかた、ドストエーフスキイの会の会員のかた、その他諸々とそれぞれがドストエフスキー、またはロシア文学を強く愛している面々です。
 わたしは道端のドストエフスキーオタクですが、日夜Twitter(現X)でドストエフスキーの話をしまくり、数年前に出た杉里直人翻訳「詳注版カラマーゾフの兄弟」を絶賛しまくっていたところ、杉里さんと交流を交わす機会を有り難くも得ることができました。そして気が付けば、読書会まで参加させて頂いているというインターネット・マジックの恩恵を受けております。生きているといいことがある。
 


 さて、「ドストエフスキー読書会」とは、フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキーの全作品を全通する(※一部の掌編作品等を除く)ことを目的とした、熱量高めの読書会です。
 実はこの読書会に至っては、丸二年を迎えたところで今年封切りのものではないのですが、私の初の読書会体験であり、またものすごく高い熱量で交わされる発表や意見に感動しているところですので挿入させて頂きます。
 ちなみに、今年のラインナップは『賭博者』『永遠の夫』『白痴』『悪霊』でした。
 <早口> 華々しく『貧しき人々』で文壇デビューしたドストエフスキーですが、二作目『分身』以降は評価が振るわず、そうこうしているうちにペトラシェフスキーが主宰する社会主義サークルの会員になったことが原因で逮捕され、死刑判決を受けるも銃殺刑執行直前に特赦が与えられてシベリアに流刑されて刑期を終え、その後当時の生活をルポ小説として書いた『死の家の記録』により再評価を受け、再び意欲的に活動を続けて『罪と罰』の執筆にかかりつつ、私生活では共同出版をしていた兄を亡くし多額の借金をかぶり、妻が病気で死の床にあるのに別の苛烈な女性との恋に身を焦がしつつルーレット賭博に嵌まり込んでにっちもさっちもいかないうちにその経験を基にして書かれたのが『賭博者』です。←ここから</早口>
 ドストエフスキーは作風も濃ければ著者の人生も濃く、本人も「なんかほどほどってできなくて、通常の人間が越えられない一線を突き進んじゃうんだよね~」みたいなことを書簡でも言ってるんですが、もう納得しかない。ブレーキのない心臓とはおまえのことだよ。

 

 この読書会のいいところは、何と言ってもドストエフスキーが好きな人間しか参加者にいないため、とにかく全てが濃いところにあります。一ヶ月に一回の開催で、毎度発表者を決めます。発表者は読書会開催日までに、作品の背景や読みどころの解説、先行研究などの紹介、または複雑化する作品内及び前史の時間軸を整理して、当日は導入の三十分ほどでこれらを発表しつつ、読書会のアウトラインを引いていきます。そして、この資料が毎回とても素晴らしいのです。
 各人が作品を読み込み、関連資料を読み込みながら作った資料は毎回届くたびにため息が出るほどです。更に、その資料を基にした読書会発表を聞くこと、その後にみんなで発表者に対する質疑応答を含めて作品に迫っていく過程は、もう窒息しそうなほど面白い。心臓が溢れるかと思うほどの歓喜を伴います。
 そう、なんていうかもう、殆ど大学のゼミです(完成度が)
 しかし大学のゼミと違うところは、わたしの場合は一途に趣味として大満喫しているところにあります。勉強でも仕事でもない、遊びとして好きなことを突き詰めていく楽しみがこの読書会にはあります。
 ちなみに参考資料としては、わたしはモチューリスキー『評伝ドストエフスキー』がバランスが良くて好きなのですが、これを読めばドストエフスキーの当時の人生状況、当初の構想、作品の読みどころ及び同時代の作家とのラップバトル箇所等々が細かく知ることが出来ます。

 

 

 「ロシア文学の先生もいらっしゃるし、さぞお堅い読書会なのでは……」と思われる方も居るかも知れませんが、老若男女が集まりお互いに言いたいことを気軽に言える読書会です。

杉里さんからの専門的な補足や解説、創作ノートやシベリアノートの活用のされかたを教えて頂き、作品が持つ背景や陰影を楽しんだかと思えば、「スヴィドリガイロフがめちゃくちゃ格好良すぎてつらい」「『永遠の夫』は冴えない中年男同士のBLとして再評価されるべきではないか」というオタク的意見、「ドストエフスキーには少女陵辱とそれに対する怒りが繰り返し描かれる」「自分の人生を生きられない女の苦痛をかなり詳細にそれと分かって描写しているところがある」というフェミニズム的意見が交わされもし、そういうさまざまな角度や層からの読みを総括して楽しめるという、ものすごく楽しくて面白い読書会なのです。

 わたしは実は、この読書会に参加するまでは『カラマーゾフの兄弟』が大好きではあるものの、ドストエフスキー作品は四大長編しか読んだことがなく、著者の人生も作品の背景も先行研究にも深い興味を抱いてはいませんでした。そう、実際のところは「ドストエフスキーオタク」を名乗りつつも、その実は『カラマーゾフの兄弟』のオタクだったのです。
 しかし、この読書会を通じてデビュー作から通してずっとドストエフスキーの作品を読み進める内に、著者の人生や作品背景は勿論のこと、彼が毎回作品内で「新しい実験」を果敢に試みている作家としてのチャレンジ精神や、彼が絶えず拘って書き続けている人間の精神性などについても深く理解するようになりました。
 そして自分の読み方とは違う人の意見に耳を傾ける面白さといったら。それがすっと自分の中に入ってきて、これまで自分が読んでいた物語の意味づけとは180度変わってしまうような体験もしました。
 ひとりの作家の作品を深く愛し、同志たちとその深みへ高みへと分け入っていく喜びが、この読書会にはあります。
 こんな至福が一ヶ月に一回もあっていいものでしょうか!僕はこのとおり人生に感謝しています!

 

 

          ※

 

 

2『キム・ジヨン読書会』(オンライン)
 日本の韓国語界では言わずと知れたゆうき先生が主催の読書会で、韓国語の原書小説を一年かけて一冊読み切るという読書会です。
 カラマーゾフの兄弟が韓国でミュージカル化されたのをきっかけに韓国語を勉強し始めたわたしですが、韓国語が持つ言語としての魅力に嵌まり込んだこともあり、現在でもコツコツ勉強を続けています。
 昨年末に韓国語の原書読書会の募集が掛かったときには、文芸翻訳に興味があるわたしにぴったりの読書会だと思いました。一人では難しくても、みんなとなら読み通せるかも知れない。また、分からないところは韓国語のプロ、ゆうき先生に直接尋ねれば解決するという素晴らしい補償付きだなんて、あまりにも渡りに船じゃあないか!

「とはいえ、わたしには小説一冊読み切るのは難しいかしらん?」という気もしたのですが、韓国語を始めたことで変化したマインド「とりあえずチャレンジしてみろ!!」の精神で勢いよく申し込んでみました。自分の頭脳は信じられなくても、自分のオタクとしてのガッツと病的な興奮は信じられる。
 昨年の課題図書はチョン・セラン『フィフティ・ピープル』で、今年の課題図書はチョ・ナムジュ『82年生まれ キム・ジヨン』でした。社会現象にもなったキム・ジヨンを、今もう一度読んでみる価値についてゆうき先生が語っておられたのも印象的でした。


 この読書会は、隔週で日曜日の九時から、一回九十分(とはいえ大抵は二時間くらい掛かってました笑)で一年を通して行われます。毎回範囲を決めて、そこまで予習してきたものを読書会で読んでいくというものです。なお、この読書会の良かったところは「発表したい人(時)、聴きに徹したい人(時)を双方明記のうえ進行される」「文法の解説も当然ありつつ、物語の背景にある韓国社会の歴史やフェミニズムについての解説や他作品(映画等)の紹介がある」「当日参加出来なかったひとも、アーカイブでの参加ができる」「オープンチャットが用意されており、当日発言できなかったことや、後から疑問に思ったことなどを共有できる」「自由な雰囲気で進行されており、かなり楽しかった」などです。特に、大人数でオンライン上でやる場合、コミットを求める度合いを可視化しておくのは、進行役にも参加者にも非常に有意義だと感じました。

 最初は、文法解説等が主の読書会なのかなと思っていましたが、それは補足で、あくまでも課題図書そのものをみんなで共有仕合ながら読んでいく読書会でした。当然、始まった当初はわたしを含めて韓国語で小説を読み慣れていない参加者も多く、文法関係の質問が多く交わされました。
 しかし、読み進めて行くに従って、段々こなれも出てきて文法の質問は減っていき、それと同時に、書かれてあるテクストの内容や、当時や今の韓国社会についての意見や感想、質問などが増え始めました。毎回、内容に沿ったニュースや資料をゆうき先生が用意してくれて、それをみんなで鑑賞するのも楽しみの一つでした。

 


 キムジヨンは既に話題になったときに翻訳で読んでいたのですが、忘れている部分が多く、読みながらジヨンの人生を一緒に併走しているような気持ちになりました。韓国と日本は、似ている部分もあれば違う部分もありますが、ジヨンが幾度もぶつかる壁や苦痛は、現在日本に暮らすわたしたちにもダイレクトに届きます。
 韓国語で小説を読むことの面白さは何か。
 外国語で書かれた小説のニュアンスをそのまま受け取りながら読めることはもちろんです。更に、わたしの場合は、母語語のようにすらすら走り読めないからこそ、一行一行の描写を吟味し、その言葉や表象に留まっている時間をたくさん持つことが出来ました。
 この小説に書かれている言葉、文法的ニュアンス、表象、そんなものを辞書を引きつつ引きつつ、確かめるようにしながら読んでいきました。ある意味では、かなり精読に近い読み方になっていたと思います。


 妊娠したジヨンが、夫と話し合い、しかし話し合いはあったものの当然のように女であるジヨンの方が仕事を辞めるときの描写があります。尊敬していた上司に退社を伝えたときも、送別会の席でも、最後の帰り道でも泣かなかったジヨン。翌日、会社に行かずに夫の出勤を見送り、二度寝した後、ふと目が醒めたジヨンは思います。

 地下鉄の駅に向かう行きしなにトーストを買って食べよう。昼食はジョンジュ食堂でビジチゲを食べるんだ。仕事が早く終わったら映画の一つでも観て帰ろうか。銀行にも行って、満期になった貯金を下ろさなきゃいけないし

 考えている途中で、既に昨日付で会社を辞めたこと、これは夫を見送って二度寝した後の起床であり、もう自分は出勤する必要がないということにジヨンは気付きます。色々と頭の中で予定を組み立てながら、忙しくもどこか胸躍る気持ちで通退勤の道を歩いていた人生は、理不尽にも奪われてしまったのです。そこで、今まで自分が得ていた日常がごっそりと失われてしまったことに改めて直面したジヨンは、やっと涙を流します。
 翻訳をノートに書き込みながら、わたしも一緒に泣いていました。とにかく女性の働き口がなく、就職活動中にひたすら苦労を重ね、やっと得た就職先の会社でもガラスの天井にぶち当たり、セクハラに遭い、幾度も悔しく腹立たしい思いをし、それでもなんとか向上心や誇りを持って、ジヨンは仕事を続けていました。

 ああ、今ジヨンはどんなにつらいだろう。
 
 キムジヨン読書会の良さは、このようなジヨンの人生をみんなで併走しながら、一緒に憤り、一緒に考えることが出来るところでした。辛い物語だからこそ、読書会で取り上げる意義もあるのだと考えさせられました。
 わたしは日曜日に仕事が入ることが多く、殆どがアーカイブでの参加でしたが、毎回かかさず予習し、皆さんの読書会の様子を見ながら、自分も心を通わせていました。
 特に活発に発言される方々はお名前も覚えて、ついでに人となりも分かってきて、更に「この人の翻訳、いつも綺麗だし元々小説が好きの人なのだろうな」と、密かに発表されるを楽しみにする方も出来たりしました。自分は画面上に上がってないながらも、ゆうき先生を含めた参加者の方々にはすっかり親しみ、一年間楽しく続けることが出来ました。
 「難しいかしらん?」と思っていた原書小説を、一冊読み切ったときの感動は今でも忘れられません。英語を全く出来ないわたしにとって、これまでずっと、海外の言葉で書かれた小説を読むということは、ほんの一握りの天才だけに許されている能力だと思っていました。でも、それは自分にも不可能なことではなかったのです。「まだまだやれるかもしれない!」「自分には伸びしろがあるぞ!!」という確信が、深い満足感の後にやって来ました。このような広々とした、わくわくした希望を与えてくれた読書会体験は、わたしにとってはとてつもなく大きな経験になりました。

 ゆうき先生、参加者のみなさま、本当にどうも有り難うございました!!

 

          ※

 

 「ドストエフスキー読書会」と「キムジヨン読書会」は、それぞれに海外小説ですが、読書会としての方向性や質はいろいろ違います。
 しかし、そこに書かれてあるテクストを読み込み、背景を見つめ、参加者と作品を一緒に深く味わっていこうという試みや本質は、同じ情熱を感じます。
 読書会には様々なやりかたがあり、楽しみかたがあるでしょう。今回取り上げたものは、割と双方がアカデミックな面の強い読書会でもありましたが、もっとフラットにお喋り感覚で交わされる読書会もあり、そういうスタンスのよさも勿論あると思います。

 岩波新書から、向井和美『読書会という幸福』という本が出ています。この記事のタイトルのオマージュ元にもなっている一冊で、最後に一節を引用させて頂こうと思います。

 本は自分の人生を映し出す鏡でもある。だからこそ、かつて本を現実逃避の手段にしていたわたしは、読書会という場を与えられたことで、本をとおして人とつながり、メンバーたちと三十年近くにわたって本を語り合ってきた。本について語りながら、実のところはわたしたち自身の人生を語ってきたのではないかと思う。

『読書という幸福』向井美和(岩波新書 2022)

 

 一人でする読書は楽しい。
 誰かとする読書も楽しい。
 本を通じて、わたしたちは共に併走することが出来、また時代や世代や国や文化を超えて通じることが出来る。
 そんな気持ちを噛みしめ、壊れた枠から射し込むあたたかな光に目を細めている十二月のこの頃です。
 来年は、どんな光を見ることが出来るだろう。

 

 ここまで読んで頂き、どうも有り難うございました!!!!  
 最後に告知ですが、今年のクリスマス頃に、ヨイヨルさんがホストをされている文学ポットキャスト「良い夜を聞いている」のクリスマス特集にお邪魔する予定です。
 古今東西の……あの……尾籠な……についての文学(まだ発表前なのでぼかしてます)について、熱く語り合うビブリオバトル会になっております。
 わたしのアクセル全開のすごい面白い回になっておりますので、ご興味ある方は是非に聞いてみて下さいね~~!!!

 以下は前回のヨイヨルさんと蛙坂さんの中国の作家「残雪」についての回です

open.spotify.com

 

 あと、今冬一番のお薦めドストエフスキー中編、『賭博者』は、ものすごいパワフルな婆さんが大暴れして最高だったのでみんな読んでね!!!婆さんが大暴れする小説に外れなし!!!!!(真理)

 ということで、今度こそ本当にお仕舞いです。
 明日、14日は安琦さん、家出をしたお話しだそうです!
 よろしくお願いします~~~!!!!!

 

ドストエフスキーオタク、韓国のイワン・カラマーゾフに会いに行く

 今年も残すところあと二週間あまりとなりましたが、「まだ2023年のターンは終わっていないぜ!」と山積みのやりたいことを消化中のかかり真魚です。楽しみにしている#ぽっぽアドベント2023 の開催、本当におめでとうございます! 主催のはとさんのご尽力とお人柄で、またこのような素晴らしい場を多くの方と共にできる幸せを噛みしめています。本当に連日楽しくって……楽しくって!!! なお、これまでの素敵な記事はこちらからどうぞ。

adventar.org

ちなみに、昨日担当のKiEさんの記事は(G)I-DLEにハマった話と韓国語学習を始めた話でした。わたしも(G)I-DLE大好きなので大歓喜で読ませて頂きました。媚びない女のパワーに溢れたアイドルで本当に格好良いですよね。ちなみにわたしの記事も韓国エンタメと韓国語学習の記事なので、ガッツリバトンを受け取ります!!!

sasanopan.hatenablog.com

 ということで今年のテーマは「NEW WORLD」。
 一昨年の記事でご存じの方もいらっしゃるかも知れませんが、わたしはドストエフスキーオタクでして、以前はドストエフスキー生誕200年祭にまつわる喜びの記事を書かせて頂きました。

kakari01.hatenablog.com

 この最後の方に、韓国ミュージカル「ブラザーズカラマーゾフ」との衝突と韓国語の勉強を始めたことを書いていたのですが、実は今年、韓国にて本作の再公演があったのです。で、遂に渡韓して生で見てきたのですが、折角なのでわたしがこのミュージカルに衝突して韓国語を勉強した軌跡とその実践編について書こうかなと思います。
 全く知らない言語を一から始めて外国まで推しの同人誌(翻案作品と言いなさい)を観に行く体験、ほんとNEW WORLDだったんですよ。
 ぽっぽアドベントがお休みだった昨年から今年までの話です。
 なお、この記事は一万五千字くらいあります。(相変わらず長い)

1 出会い
2 ハングルとの戯れ~TOPIK2級取得
3 韓国語オンライン授業&韓国人の友達を作ってみよう
4 初めての渡韓
5 遂にやってきた「ブラザーズカラマーゾフ再演」の知らせ
6 韓国のイワン・カラマーゾフに会いに行く
7 これから

2023年版公演のブラザーズカラマーゾフのポスターです。ビジュアルが強い。

1 出会い

 詳しくは過去の記事を読んで頂けたら良いのですが、ざっくり紹介すると韓国ミュージカル「ブラザーズカラマーゾフ」とは、ドストエフスキー著作『カラマーゾフの兄弟』を凡そ一時間半程度に凝縮した初演を2020年とする韓国のオリジナルミュージカルです。「登場人物がしぬほど多すぎて名前も覚えられないんだけど?」というドストエフスキー後期長編にありがちな難点を「お父さんと四人の息子たち」という五人の登場人物に絞込み、更に物語をフョードルの葬式から始めるという、謂わば『タイタニック』で例えると既に船が沈み始めた時点から始めるという画期的な省エネ戦法により物語の旨味を凝縮することに成功した作品です。
 あまりにも凝縮が過ぎて、原作のシーンを忠実に再現するというよりはエッセンスを再構築するという方向に舵を切っているので八割が原作にないシーンで出来ているみたいな感じなんだけど、まあ上手すぎて最初は気付かなかったよね……という、なんかもうオタクの夢みたいなミュージカルなんですよ。同人誌ですよ(ミュージカルだよ)。
 そして、韓国の芸術分野の豊潤さはご存じのとおりで、ミュージカルにおいても兎に角ハンパない、マジでハンパないクオリティが実現されているのでございます。
 ありがてえ~~~~~~カラマーゾフ万歳!!!!!!(※大地に接吻しております)
 ということで、たまたまYouTubeでまとめ動画を目にし、ついでに運良く配信において全編の視聴に成功したわたしは、当然ながら病的な興奮に陥りました。ちなみに配信には字幕がついてなかったのですが、神さまみたいな方が日本語訳の束を下さったので、それを捲りながらの視聴でした。
 ちなみにわたしのカラマーゾフでの推しカプ、冷淡で無神論者きどりの秀才な次男坊イワン・カラマーゾフと、屋敷の使用人でカラマーゾフ家の庶子ではないかとの噂をもつスメルジャコフの二人組なんですが、本作の配信があったやつの劇中では、二人の間の緊張感が最高潮に達したその瞬間、スメルジャコフがイワンの頬に手を触れながら「나의 이반……(わたしのイワン)」というシーンがあったんですよね。
 当然、原作にはマジで影も形も存在しないシーンなので、(わたしは何を見せられてるんだ?)(生きてるといいことがあるな)(俄には信じがたいシーンすぎる)(有り難う韓国、有り難うブラザーズカラマーゾフ)(イワン・フョードロヴィチがえっちすぎる)と混乱状態に陥りながらぶかま(ブラザーズカラマーゾフの省称)の先輩であるいよさんにDMを打ちました。(以下、要約)

 私「あのシーン、すご、えっ凄いんですけど……ぶかま凄くないですか???」
 いよさん「あれ、スメルジャコフ役のパク・ジュンフィさんのアドリブなんですよ」

 えっ、アドリブ?
 アドリブなんてあるの?
 っていうか、そんな強火のアドリブ入れるとかある??????

 後に判明したのですが、インタビューなどを見るにスメルジャコフ役のジュンフィさんはかなりのスメイワ強火勢っぽくて、解釈も二人の関係性に重点を置いたものになっているようです。そもそも韓国のミュージカルにおいては一役にトリプル起用なども珍しくなく、つまり日夜さまざまな組み合わせで公演され、あらゆる役者解釈や表現などがその日その日で絡み合う、まさに生きた芸術ともいうべきものだったのです。
 本作に魅了され、いつか生で観劇してみたいなあと思っていたわたしにとって、この自分の心臓をシベリア鉄道で微塵に轢圧したともいうべきワンシーンが「台本に載ってない」という事態は衝撃的でした。
 原作にもなく、また台本にも載ってない部分で発生する、細やかで豊かな解釈と表現力が「ブラザーズカラマーゾフ」の素晴らしさの一端を担っていたのです。
 この素晴らしい作品を堪能するには、役者が表現する細かな部分までを拾い上げる言語力が必要なんだ……。よし、韓国語勉強しよ!!!! そして「ブラザーズカラマーゾフ」再演の暁には、スメイワスメのあらゆる濃淡を含む旨味を心ゆくまで堪能してやるんだから!!!!
 という経緯などがあり(また韓国のオタクがハングルで書いた凄まじい量のファンフィクションの存在も見過ごせず/夢かと思った)十九世紀ロシア文学のオタクであるわたしは、突如韓国語の勉強をするようになったのです。

(因みに補足ですが、わたしは現行の受け攻め文化及びCP表記に遺憾の念があるので、以下に登場する「スメイワ」は「スメルジャコフ/イワン」のスラッシュ表記、或いは「キキララ」みたいなコンビ呼びだと思って頂けると幸いです/こんな剣呑なキキララがあってたまるか)

 

2 ハングルとの戯れ~TOPIK2級取得
 今、韓国語を勉強し始めて二年少しなのですが、恐らく言語の極意は「モチベーション維持」です。地頭の良さなども当然ある程度は関係あるのかも知れませんが、一般的に見て、やはりどれだけ長く楽しく続けられるか、という点が重要なように思います。
 ということで、韓国語の勉強を始めたわたしが最初にしたことはノートと単語帳をデコることでした。

 かわいい!!! デコの才能がある!!!
 デコっているあいだにハングルのひとつでも覚えられるんではないか、という感じかも知れませんが、形から入るタイプのオタクなので許して下さい。
 ちなみにわたし、学生時の勉学のほうはからっきしで、授業が六時間あるとそのまま六時間寝ていたタイプの人間でした。嘘です、体育の時間だけは起きてました。ただ、昔からハマったことに関しては脅威のパワーを発揮するところがあるので、「韓国語にハマることができれば勝算があるな」と思っていました。
 韓国語を趣味にしよう。鬼退治にハマって二度と島に戻ってこなかった桃太郎のように……韓国語にハマるしかない!!!!(※そんな桃太郎は存在しない)
 ちなみに、KPOPや韓国ドラマの流行もあり、世には韓国語を始めたいという人間向けのコンテンツや教科書に溢れているため、わたしのようなこれまでマトモに語学をしたことのない人間でも(わたしの英語能力は壊滅的です)簡単にアクセスすることができます。周囲の韓国語学習者の先輩方からおすすめの教材なども教えて貰いながら、環境を整えていきました。なお、学習計画というほどのものではありませんが、半年後くらいにある韓国語能力試験(通称TOPIK/トピック)の初級合格を目指して、まずは独学でハングルの会得と初級文法、初級単語の勉強を始めました。
 この時期は本当に勉強が楽しくて、すごく毎日がうきうきだったのを覚えています。
 ちょうど仕事で就いていた部署が忙しく、朝の六時には家を出て、帰ってくるのは午後九時半を回っているという家でご飯掻き込んでシャワー浴びて寝るしかない、休日もしんどすぎて起き上がれない……みたいな社畜生活にどっぷり浸かった状態のときだったのですが、「ブラザーズカラマーゾフが凄い!!!」「韓国語が出来るようになりたい!!!」という病的な興奮によりギアが完全に振り切れたわたしは突然ヤバイくらい元気になってしまいました。
 勉強時間を確保したくて、帰宅後は爆速でやることをやって一時間くらいは机に座り、通勤時間も聞き流しや学習アプリを使って単語を覚えていきました。本当に毎日疲弊していて、「やりたいことはたくさんあってもどれも手が付けられない……」という状態から、「何を置いても韓国語がやりたい!!!」という状態に移行できたのは本当によかったと思います。無数にあるやりたいことに優先順位を付けられたのも良かったんだろうな。

 独学韓国語学習者の神器のテキストと言われる『できる韓国語 初級』をコツコツ解いて、上下二冊をやり遂げたときはとても嬉しかったです。
 でもまあ、復習しないと忘れるんですよね。二冊終えたときには、二冊目の半分以前の内容は全て忘れていたと思います。
 ちなみに、この初級テキストが終わった時点で、目標のトピック試験までは一ヶ月くらいしか残っていませんでした。「マジで? 絶対間に合わないが?」と思いながら試験用の参考書を買い、過去問を解こうとするも単語数が足りてないみたいで全然分かりません。急遽、トピック試験対策用の初級単語集も買い足して、この一ヶ月は今思い返してもマジでめっちゃ勉強していたと思います。
 試験直前の過去問模試、本番さながら時間も測ってしぬおもいでやってみたら自己採点は148点でした。(2級合格は150点以上)
 「あと2点を絞り出すしかない……わたしの身体のどこかから……!!!!!!」
 こんな感じで全然間に合ってないままに韓国語能力試験の会場に赴きました。
 ちなみにこの試験、初級の1級から始まって上級が6級までという試験になっています。
 まさか自分が趣味で語学検定を受けるようになんて……長くドストエフスキーオタクをしていると色々なことが起こるなあ、と思いながら会場入りし、当然余裕のない実力で望んだので時間は足りないは集中力は焼き切れるわで、本当に大変な思いをして試験を受けました。ちなみに初級検定は読解と聞き取りで、特にわたしは聞き取りが笑えるくらい分かりませんでした。
 全く手応えのないまま試験が終わり、「もう二度と受けたくない……」と試験というものを受けた後には必ずやってくる感情を例に違わず噛みしめ、家に帰りました。
 一ヶ月後に試験結果の発表がありました。

 すごい滑り込みで受かってました。153点!!!
 絞り出せた~~~~!!!!わたしの身体から5点が出てきたぞ!!!!!!!!
 この喜びは本当に、とても大きかったです。正直、実力的にはマグレもあったんじゃないかと思うのですが、半年間地道にやってきたことに「合格」というかたちが与えられたのはとてつもない喜びでした。
 ちなみに最初の方にもちらっと書きましたが、ブラザーズカラマーゾフ、実は二次創作も豊富でTwitterやポスタイプ(韓国のpixivみたいなやつ)で色々読めるのですが、如何せん全て韓国語なので爆速で韓国語をマスターしないと翻訳機を通じてしか、それらを読むことが出来ません。つまり韓国語が読めれば韓国のオタクが書いたスメイワが読めるってこった!!!(なお参考ですが当時pixivでスメイワ小説は六件くらいでした。このオタクの凄まじい飢えをお察し下さい)
 爆速で韓国語が必要なんです、わたしには、本当なんです!!!!!! ということで、オタクは次のステップに進むことにしました。

※なお、この春先にロシアのウクライナ侵略が始まり、精神的に本当にキツい時期が続いたりもしました。このあたりの話は昨年別のブログでちょっと書いたので、ついでに貼っておきます。一時は「このままインターネットでロシア文学の話をし続けていいものだろうか」とかなり悩んだりもしましたが、沢山の人から言葉を貰い、また再びぶかまのNAVER放送を観たりして、打ち拉がれから立ち直るきっかけを頂きました。NAVERでの再放送ついては完全に偶然なのかも知れませんが、日々ニュースから流れてくる戦場の凄惨な様子、また別の部分では日本のロシア料理屋さんが襲撃を受けるなどのニュースを見て何重にもショックを受けていたわたしにとって、皆さんの言葉やこの時期の再放送は、わたしの大好きなドストエフスキー作品、また『カラマーゾフの兄弟』という作品のメッセージや意義を見直すことに繋がりました。自分の立ち位置を改めて考え「今のロシアのウクライナ侵略について断固反対し、ウクライナを支援することが、ドストエフスキーやロシア文化をこれまで愛してきた自分にとって出来ることなんだ」と思いを新たに出来ました。一日でも早いウクライナ侵略の終結、更には別の地域で行われている侵略、ガサ地域への侵略が終結することを切に願います。

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3 韓国語オンライン授業&韓国人の友達を作ってみよう
 TOPIK2級の合格ラインは「簡単な日常会話程度ができる」となっていますが、では2級を合格したからと言って日常会話が出来るかと言ったら、全然です。っていうか皆無です。そもそも韓国語は日本語に比べて発音がめちゃくちゃ多いので、文法や単語の他にこれらも習得する必要があったりします。語学のブログなどを漁っても、やはり語学学習においては発話練習が非常に重要と書かれていました。
 ということで、ドスオタはオンラインレッスンを受けることにしました。
 コロナの影響もあって、ちょうど語学のオンラインレッスンが全盛期だったかもしれません。わたしが申し込んだところは講師の数が多くて、どんな時間帯でも授業が受けられるというところが良かったと思います。頑張れば、仕事が終わった午後十一時からでもレッスンに入れる! でもまあ、結局は大体土曜にとかに受けていたのですが……講師は毎回選べたのですが、何となく同じ先生に観て貰う方がいいかなあと思って継続で一人の方に見て貰っていました。教科書に沿って音読したり、パワーポイントを見て文章を作ったりという感じで内容としては初級文法の振り返りって感じもありつつ、それなりに楽しくレッスンを受けていました。ちなみに、「じゃ、今からあなたが乗る飛行機の横の席にBTSのメンバーが乗ってたとして、ちょっと口説いてみて下さい」という、そんな状況ないですけど???!!! みたいなロールプレイングも結構やりました。すみません先生、わたし多分日本語でも無理だと思います。


 平行して、テキストは『できる韓国語 中級』を始めつつ、更にもう一つチャレンジしたかったのが「韓国人の友達を作る」ということです。
 Twitterでは既にドストエフスキー関係や韓国ミュージカル関係のトチン(韓国語でTwitter繋がりの友達のこと)たちがいたのですが、如何せんわたしのよわよわ語学学習に付き合って貰うのが申し訳なかったので、語学アプリ『hellotalk』で探すことに。
 hellotalkは言語交換アプリで、ネイティブとチャットや会話をしながらお互いの学習を助け合える(しかも無料)という、有効に使えば非常に有能なものです。
 出会い系目的の人間もいてトラブルも皆無じゃないようなので、ちょっと使い方は気をつけなければいけない部分もありますが、如何にわたしの見極めを乗せておくと
 ・ アイコンが動物かアニメ(アニメは線が少ない絵柄のやつだと尚良い)
 ・ 同性でプロフィール覧に「恋愛求めてません」と明記してある
 ・ 日記をマメに書いており、添削や質問を積極的にしている
ような人を見つければ、ややこしいトラブルになることは少ない気がします。
 当然、合う合わないもあるので、連絡を取ったすべての人とやりとりが続くわけではありませんが、一期一会を求めて気になるひとにコミットしてみるのも楽しいです。ちなみにわたしが最初に仲良くなった子は、偶然にも俳優ク・ギョファンの大大大ファンであり、最早わたしの初級文法のアウトプットはク・ギョファンのお陰で伸びたと言っても過言ではありません。「『ウ・ヨンウ』のクギョファン回観ました、めちゃ良かったです!」「すごく可愛いでしょう~!!!私も何度も見ました」「あんなの、みんなが見たいクギョファンじゃないですか?」などの会話を日本語と韓国語で共に書き、それを互いに訂正し合うという形で会話していました。
 なお、折しも日本ではク・ギョファン主演の『なまず』という映画が封切りになっていました。それらについて話し合っている途中で知ったのですが、映画大国と言っても良い韓国には「パンフレット」の文化がないそうなのです。そして当時、我々はクギョファンや野木亜紀子ドラマで意気投合していたので、
「あの……もし個人情報とかが大丈夫であれば、国際郵便で送りましょうか?」
「えっ、いいんですか?」
 という流れになり、折角なので上限を決めてお互いの欲しいもの等を送り合おうという国際郵便プレゼンツが発生したのでした。
 国際郵便なんて送ったことないよ~!!! と色々調べながらのチャレンジでしたが、本当に楽しくて良い思い出になっています。友人はサンリオやちいかわグッズが欲しいとのことで、パンフレットに加えてそれらのグッズを購入し、更にはブラックサンダーやじゃがりこなどの日本のお菓子、そして拙い韓国語で書いたお手紙を添えて送りました。

ものすごい量の韓国映画のフライヤを送ってくれて大歓喜でした。宝物です。

 友人からわたし宛に届いたものがこれです。
 韓国語版の『カラマーゾフの兄弟』に加えて、たくさんの映画のフライヤ、韓国のお菓子などを送ってくれました。当時、まだ韓国に行ったことのないわたしにとって、この贈り物は本当に嬉しかったです。
 ちなみに、今はもうこの友人とのやりとりは途絶えているのですが、他に二週間に一度くらいの頻度で電話する同年代の友達が出来たり、韓国ミュージカル繋がりの方とお話しできたりと色々出会いがありました。
 Twitterでやりとりしてくれる友人方も含めて、やはり他国の友人が出来ると言うのはそれだけで世界が広がる気持ちになります。文化や言葉の差も含めて、彼らと関わり言葉を交わすことは、とても楽しくて嬉しいことです。


4 初めての渡韓
 初めての渡韓は、昨年末から今年正月に掛けてでした。そう、実はわたし、今年は韓国で新年を迎えていたのですね。
 「ブラザーズ・カラマーゾフ」でイワン・カラマーゾフ役だったアン・ジェヨンさんが、これまたわたしの好きな韓国ミュージカル『女神様が見ている』に久々にキャスティングされると聞いて、居ても立ってもいられなくなったわたしは渡韓の決意をしました。
 初めての韓国、そして個人旅行、更にマジで誰も同伴者なく一人で行くんだが?
 と不安要素満載の見切り発車も良いところだったのですが、どうしてもアン・ジェヨンさんの生舞台を大好きな作品で見てみたいという欲望と、「もしブラザーズカラマーゾフが再演になったときの予習を一回しておきたいんや……!」という切実な気持ちにより押し切りました。この初渡韓には、チケット取りやホテル手配を含め、国内外の韓ミュオタクの友人達の助けを本当にお借りしまして、いくらお礼を言っても足りないくらいです。
 ちなみに、この渡韓及び観劇については、別にブログがあるので貼り付けておきます。

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 「アンニョンハセヨ~(こんにちわ)」「イゴジュセヨ(これください)」「カドゥロハルッケヨ~(カードで支払います)」など初歩中の初歩の会話能力を握りしめて行った韓国でしたが、本当に楽しかったです。簡単な会話が通じる、駅の表示が読める、などの些細なことでも、自分が今までやってきた韓国語がちゃんと息をしているのを感じられて、飛び上がるくらい嬉しかったです。
 しかし一人旅、ほんと食堂に入るだけでもめっちゃ勇気がいる。
 着いたその日は決心が付かず、ロッテリアでプルコギバーガーを食べたりしました。安心安全のパネル注文!日本語対応あり! プルコギバーガーは美味しかったです。(そのあとちゃんと食堂にも体当たりチャレンジしました。韓食大好きなのでめっちゃ堪能しました……ああ、また韓国に行きたい)
 ミュージカルも二作見たのですが、それぞれ日本語字幕配信で視聴済み、原作読了済み、と物語が頭に入っている状態だったので、その場の聞き取りがふにゃふにゃでも何とかなりました。
 アン・ジェヨンさん、ほんとめちゃ歌ウマお兄さんなんだよな……(良かった!)
 事前に用意しておいた韓国語で書いたファンレターも無事に渡せて良かったです。今回の舞台のことと、ブラザーズカラマーゾフを観たときの感想も合わせてかなり長文で書いたものでした。(ちなみに表現が不安なので、「ココナラ」というアプリで韓国語が堪能な方にチェックしてもらいました)
 舞台は本当に素晴らしかったです。とはいえ、これらを現地で生で見てもしっかり楽しめるくらいの韓国語能力が欲しいんだよなあ、自分の実力はまだまだだなあということもしっかり感じました。
 そしてこの渡韓中に、わたしは知らせを受け取ることになります。明洞の伝統茶のカフェでなつめ茶を優雅にしばこうと思っていた矢先、TwitterのDMで送られて来たのです。
「2023年、春にブラザーズカラマーゾフの再演、決まったよ!!!!!!」
 思っていたよりめっちゃ早いんやが、と韓国で大パニックになりました。


5 遂にやってきた「ブラザーズカラマーゾフ再演」の知らせ
 今年の初めから半年くらいは、本当にブラザーズカラマーゾフで大パニックと言っても良いくらい気持ちがそぞろでした。
 この時点で、私の韓国語学習歴は一年ちょっと程度。そもそも「この春先に連休が取れるのか?」という部分も含め、何もかもが整ってなかったのです。
 わたしが整ってなければ、何だか公式も整って無くて、待てど暮らせど公式からの正式発表もなければキャストの発表もないという状態が続きました。(この時点での「公演決まったよ!」は、年間の韓ミュ作品スケジュールが一括発表になったやつに記載があったという意味でした)。そのため韓ミュクラスタからは「本当にやるのか?」「劇場押さえてるのか?」「前回の俳優、別の作品に取られてるが?」という何かもう大丈夫なのかよの空気もありつつ……いや、ほんとに公演一ヶ月前になっても、なんの音沙汰もなかったんですよ。本当に再演してくれるんだよね、果樹園!!!(製作会社) せめてアン・ジェヨンさんのイワン続投があるかどうかだけでも教えてくれ、果樹園!!!(製作会社) 海を越えるオタクもいるんだからね、果樹園!!!(製作会社)と思いつつ、とにかく出来ることと言ったら韓国語の勉強と無事に連休が取れるようにお祈りをすることくらいでした。

 なお、『できる韓国語 中級』はテキストとして非常に面白くなく、下巻の半分くらいまではやったのですが、途中で放り投げてYouTubeで学べるトリリンガルのトミ先生の中級講義動画を頭から見ることにしました。
 更に、この頃に一年くらいやったオンラインレッスンも契約満期を迎えます。続けることも出来たのですが、授業料が高いのと対面授業でもっと色々喋れるところがあればいいな~と思ったので、別の教室を探すことに。
 運良く、割と通いやすいところに会話重視の韓国語塾が見つかったので、そこに通うことにしました。韓国語を始めた当初とは部署も変わって、昼夕のレッスンが比較的受けやすくなったのも幸いしました。
 そして同時に始めたのが、ブラザーズカラマーゾフの台詞翻訳です。
 韓国のドストエフスキーオタクが、台詞を書き出したものを以前に個人用として送ってくれていたので、それを今一度自分で翻訳してみることにしました。
 当時「これで韓国語を勉強しますね!!!」と元気よく言ったわたしに「こんな暗い作品を教材にして大丈夫でしょうか……」と友人は心配してくれたりもしましたが、改めて見ると初中級の単語や文法も多くて、なかなか良い感じです。
 初めて「ブラザーズカラマーゾフ」に衝突したときは、友人の翻訳を見ながらの観劇でしたが、今こうして辞書を引きながらではあるものの、自分の手で翻訳出来ているなんて結構感動だな~~と思いながら楽しく作業しました。しかしこのミュージカル、本当に「無い記憶」で作られているんだな……(翻訳しながらの感想/原作に無いシーンばっかりである/オタクの幻視みたいな作品)
 そして二月の末頃、遂に公式から正式発表がありました。

ぶかまはスメルジャコフ推しなのでポスターもスメルジャコフである。スメルジャコフ推しのミュージカルと言うだけでもう頭一つ抜けてると言って良いだろう。

 発表おっそ、三月から公演はじまるんやが!!!
 そしてアン・ジェヨンさんは今回、出演せえへんのか~~~!!!!!
 悪役令嬢イワン・フョードロヴィチめっちゃ見たかったな……(アン・ジェヨンさんのイワンは物凄い高飛車で嫌味っぽい感じがするので「悪役令嬢みたい」と言われている)
 しかしもう、この再演に向けて勉強してきたといっても過言ではないドストエフスキーオタク、行かないという選択肢は存在しませんでした。
 レッツ・渡韓!!!!
 韓国のイワン・フョードロヴィチ・カラマーゾフを観に行くぞ~~!!!!
 ということで、遂に生ブラザーズカラマーゾフ観劇に向けて動き始めました。

 ちなみに超蛇足ですが、この時期には遂に念願の学習机を狭い1Kの家の隙間に滑り込ませることにも成功しました。可愛い空間なので見て下さい。

5 韓国のイワン・カラマーゾフに会いに行く
 わたしの身の回りにも、元々のドストエフスキーオタク始め、韓国ミュージカル「ブラザーズカラマーゾフ」のファンは多いのですが、今回は待ちに待った再演と言うこともあり渡韓して観劇するという人も多かったです。
 でも、みんな一人で行ったよね。
「なんか、一緒に行ったりしないんですね!?」と周りの方から声を掛けられたりもしましたが、上手く予定合わないし……でも行きたい気持ちは止められないのでもう各々一人で行きます、俺の骨は拾ってくれよなって感じでした。
 わたしも日頃の勤務態度の良さが幸いして無事に連休が取れ、死に物狂いのチケッティングも何とかなり、遂に!!! 遂に、本年五月に観て参りました。
 なお、詳細については別記事があるので、興味があるかたはそれをご覧下さい。

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 在韓中に四回観てきたんですが、すごく良かったです。
 基本的にトリプルキャスト起用で、つまり三人の韓国のイワン・カラマーゾフに会うことが出来たのですが、本当に感無量でした。
 『カラマーゾフの兄弟』と言えば、ロシアで1879年に文芸雑誌で連載が開始され、翌1880年に単行本が出版されたという作品です。それが約150年後に翻案作品として、キャラクターが三次元で生き生きと動いて歌うミュージカル作品として目の前に出現している幸福といったら……幸福といったら!!!!
 生きてるといいことがある。
 なお、今回の再演のイワン・カラマーゾフを下記に紹介しておきます。
1 キム・ジェボムさん(通称ボムワン。前回からの続投。演技が細やかで上手すぎる。非常に繊細なイワンを表現されており、緊張感がドストエフスキーの文体みたいなので、わたしの周囲からは「うわずり」とも呼ばれている。公演によって優しいイワンバージョンと冷徹なイワンバージョンがある。一人で二種類も……? 有り難うございます)
2 カン・ジョンウさん(通称カンバン。初演でもイワン役をされており、黒ハイネックを着てイワンを演じたことで我々を沸かせていた。足が長い。孤高な感じのするイワンで挑発的で偉そう。めっちゃ立ち姿が格好良くてえっちでよかった。もう一回観たい。えっちだ。有り難うございます)
3 オ・チョンヒョクさん(通称チョンバン。大穴だった。北野武映画に出てきそうなインテリのチンピラみたいなイワン。すごく胡散臭い。新解釈すぎて衝撃的だった。イワンなのに友達が多そう。トリックで山田と上田に成敗されそうなイワンだった。スメルジャコフは付いていく人間をよく考えるように。有り難うございます)

 ちなみに韓国と言えばそう、トレーディングカード文化です。
 韓国のミュージカル公演は三ヶ月くらいあり、集客のためにいろいろ催しなどもあるのですが、わたしが行った時期はちょうど劇中の一場面のトレーディングカードが貰えるというものでした。

 ちなみに、スメイワのトレーディングカードもありました。まさか推しカプのトレーディングカードを手に入れる日が来ようとはね……!!!!!
 もう19世紀露文学がジャンルの人間にとってはNEW WORLDどころか天変地異くらいの衝撃でした。これはわたしの副葬品にします。(なお四回観たので四種類ゲットしました。生きているといいことがある)


 なお、再演に向けて勉強してきた韓国語は役に立ったのか、という話ですが。
 劇中、わたしを混乱に陥れた例の「나의 이반(私のイワン)」の場面で、今度はイワン役のジェボムさんが挟み込んだアドリブがありました。イワンとスメルジャコフの二人の緊張感がマックスに高まった瞬間、イワンがスメルジャコフを抱き締めて言うんです。

 괜찮아…괜찮아. 내가 시킨 거야. 내가 시켰어.
 내가 한 거야. 잘했어…

 ああ、今日まで韓国語を勉強してきて良かっっ…………た!!!!!!
 わたしの耳は確かに台詞を拾い、理解することが出来ました。
 ちなみに原作のネタバレにもなるので、敢えてここでは訳しませんが、上記のシーンは衝撃的で「わたしは一体何を見せられているのか……」と呆然となる勢いでした。というか、会場全体が息を呑んでいるのが分かりました。本当に凄かった。「나의 이반」に匹敵する強火のアドリブ……役者の作品解釈が強すぎるんよ。
 ちなみに「原作のネタバレにもなる」とは書きましたが、原作小説にはこんなシーンはありはしませんからね!!! というかイワン・カラマーゾフはこんなこと言わないですよ。レベルでいうと「飛影はそんなこと言わないbot」くらい言いません。なんですって。でもいいの、同人誌だから……(翻案作品だよ)
 有り難う韓国、有り難うブラザーズカラマーゾフ。オタクは幸せです。
 ということで、めでたくブラザーズカラマーゾフ再演を楽しむことができました。以下は、帰りの飛行機内で感無量になったわたしのツイートです。

(セルフ翻訳)初めてNAVERでブカマを観て、一年半韓国語を勉強して、遂に韓国でブラザーズカラマーゾフを観ることが出来ました。本当に面白くて、必ずまた観たいです。日本では「戯雨(そばえ/こういう漢字表記もあるらしい)という単語があります。日が照っているけど、雨が降っているときの表現です。ブラザーズカラマーゾフのイワンは「戯雨」がよく似合うと思います。この世界で一人で立ち、(ここから次のツイートで切れてますが)雨に濡れている感じ。ブラザーズカラマーゾフ、Twitterのみなさん、韓国と日本のブカマファンたち、本当に有り難う。また会いましょう!

(今読み返すとじゃっかん間違ってるな……/と思うところに成長を感じることにします)


 
6 これから
 ということで、今年は一つの目標だった韓国でのミュージカル「ブラザーズカラマーゾフ」の観劇を果たした年でした。画面越しで、友人の翻訳を握りしめながら観た作品を海を越えて直に見に行くという体験は、韓国語学習という準備も含めて、非常に有意義でしたし、自分の可能性も広がった気がして非常にいい体験になりました。
 なお、この記事を書いている今、わたしの韓国語学習歴は二年ちょっと。爆速で韓国語をマスターする予定でしたが、未だレベルとしては中級程度で、読みも書きも話すことも聞くことも未だ自由にはできません。
 ネットで検索すると、一年で……とか二年で……という話も出てくるので、そういう方に比べたら別段上達は早くないし、依然伸びしろしかない状態と思います。しかし一方で語学習得には時間がかかる、と言ってくれる記事もあり、個人的にはコツコツ勉強していくしかないな、という気持ちです。
 と言うことで、次のブラザーズカラマーゾフ再演に向けて、元気に勉強を続けたいと思います。勝手な予想ですが、次はジェヨンさんとジュンフィさんが戻ってくる気がするんですよね……だとしたら観たい、何が何でも観たい。その時には、今よりもレベルアップできていたらなと思います。
 なお、「韓国語を趣味にすれば勝算はある」との話を最初にしましたが、今本当に語学の勉強が楽しくて、毎日時間を捻りだしては格闘しています。
 これまでミュージカルの台本を二冊半くらい訳したのですが、元々本が好きなこともあって翻訳作業が本当に面白いんですよね。なので、いつか出版翻訳をしてみたいなあという新たな夢も出来ました。
 来年のチャレンジは、トピック試験を再び受けてみることと、「82年生まれ、キム・ジヨン」の原書読書会に参加することです。頑張れわたし、わたしが応援しています!

 なお、韓国語学習者は多分みんな知ってるんじゃないかな、という韓国の諺があるんですが、非常に好きな諺なので、最後に皆さんに紹介して終わりたいと思います。
 시작이 반이다(シジャギ パニダ/始まりが半分だ)
 何かを始めることは大変だけど、始めるという第一歩を踏み出せたら、もうそれは半分やったも同然だぜ、やったね!!!という感じの力強い言葉です。
 今年何かを新しく好きになった方も、始められた方も、来年そうである方も、出会いや最初のチャレンジの一歩を踏み出せたら、もうそれは半分来たということなんですね。
 やってはみたけど、上手くいかないな……というときにこの言葉を思い出すと、なんだか元気になるのでお薦めです。もう半分も終わってるの? ってなって元気になる。ということで、今年もラスト半月あまりです。残りの半月も、来年もみなさんにとって良い日々になりますように。

  なお今年もわたしは「カラマーゾフの兄弟」の宣伝に余念がありません。

 年末年始のお休みに読まれてみては如何でしょうか? そしてスメイワの感想をわたしに下さい。

 長かった! ここまで読んでくださった方は本当にいるのでしょうか。あなた、あなたは本当に良い人ですね! 今日、あなたにいいことがありますように!

 明日の #ぽっぽアドベント2023 は necomimiさんです。
 トピックがまだ出てないのでどんな記事を読ませて頂けるのか分からないのですが、とても楽しみにしています!

 それでは。

初夏の渡韓日記(三日目~五日目)

・病的な興奮から明けて、渡韓三日目の朝。午後九時頃に目覚めたが、明け方午前三時までうめき声を上げホテルの室内をうろつきながら一心不乱にミュージカル観劇の感想をポメラに打ち込んでいたとは思えない爽快さである。旅先で迎える朝っていいよね。

・本日の観劇予定は午後九時からのぶかまのみ。韓国語の先生に「カラマーゾフの兄弟のミュージカルを四回見てきます」と言ったら「四回も観るの!?」と言われたが、四十回は観たい。開演までに大学路に行けば良いので、それまではフリータイム。昨日諦めた国立現代美術館のリベンジと、安国付近の観光を盛り込んだプランで行動する。

 

~安国編~

・安国に到着したのが午前十時半頃である。町並みを見つつ「遅めの朝食でも軽く入れておくかな~」とふらりと食堂に入ってソルロンタンを注文して出てきたのが上である。銀の鉢には白米が山盛りに詰められており「韓国に来たら「「軽く食べる」」がどれほど難しいかとあれほど……!!!!!」と心のなかで自分の目に指を入れた。

日記にたびたび登場している美しい風景は、北村韓屋村のものである。

・正井さんからお薦めされていた北村韓屋村に向かう。韓屋が立ち並ぶ風情ある一角が観光スポットになっているのだが、ドラマや映画でよく見る町並みが凝縮されていて、非常にうつくしい場所である。ただ歩いているだけで楽しく、個人的にお気に入りになった場所のひとつ。気候がよかったのも幸いして、すてきな散歩を満喫した。

・国立現代美術館へと向かう。チケット売り場で「こんにちわ、1名です~」と言ったら特別展のチケットをくれたのだが、なぜだか無料だった。今思うと常用展のたくさんの絵画を逃しており、そっちが有料だったのかもしれないが分からない。おしゃれすぎるチケットを二枚も貰って大はしゃぎのわたし。

・なお、わたしが行ったときの展示は「ゲーム社会」「サスペンスの都市」というふたつの特別展示がなされており、両方すごく面白かった。映像的な芸術が中心で、見て回るだけでも楽しい。観るとたちまち不安定になるような映像芸術をしぬほど浴びてめちゃくちゃ元気になるドストエフスキーオタク。「サスペンスの都市」はスリラーの手法と話法を突き詰めた芸術作品が並んでいた。

・美術品ショップを見ている途中で雨が降り始める。通り雨らしいので、美術館付属のおしゃれなカフェでアイスコーヒーを飲みながらぶかまの翻訳を進める。後半の山場、イワン・フョードロヴィチの『大審問官Ⅰ』を翻訳する。昨日観て、やっぱり推しが頑張っているところだけはしっかり翻訳し直してから観劇しないと勿体ない……!!と思っていたので、集中してやる。『カラマーゾフの兄弟』には後半、それまでは極めて知性派らしく振る舞っていたイワン・フョードロヴィチが裁判という場、公衆の面前でひとりでめちゃくちゃになってしまうという非常に心痛ましくところによりエッチみたいな山場があるので、そこまで翻訳を終える。

・雨が上がって、暫く安国歩きを再開。お洒落な食器屋さんに行ったりお洒落なカフェを覗いたりうろうろしているうちに夕刻に差し掛かったので、安国を出て「乙密台」の水冷麺を食べに行く。

超有名な『乙密台』の水冷麺、非常に繊細でおいしかった。

・今回の旅行は、絶対に水冷麺を食べようと決めていた。ということで、自分が好きそう且つ行きやすそうな店として白羽の矢を立てたのが「乙密台」。餅粉とサツマイモで作ったもちもちの麺と、あっさりした牛出汁のスープが特徴である。味はかなり繊細で薄めなので、わたしのように薄味好みの人間には堪らないだろうが、人によっては水っぽいと感じるかもしれない。とにかく超有名店と聞いていたので構えていたが、午後六時頃に行くと、客はわたし一人であった。冷麺を堪能し、いざ! 大学路に戻り、ぶかまを観に行く。

・キャストが入れ替わり、まったく違ったカラマーゾフ家を観せて頂いてめちゃくちゃ楽しかった。しかしこの回、イワン・フョードロヴィチ役のカン・ジョンウさんがえっちだったことに記憶力の九割が取られてる。今回は「取りあえずミュージカル観劇で双眼鏡が欲しいならコレ買っとけ」と言われているピクセン/アリーナM 8×25を携えて渡韓したのだが、本当に買って置いて良かった。美が鮮明である。

・観劇が終わりホテルに戻るまえに、ホテル横のコンビニで細々したものを買うのがブームになっており、この日もヨーグルト飲料とアイスクリームを購入した。そしてアイスを囓りつつ、深夜まで観てきたものの記録を取る。しかしカンジョンウさんがえっちだったことしか覚えていない。ジョンウさんのイワン、ヴィジュアル、声、立ち振る舞いに役者さんが解釈した高慢で繊細な「イワン」が凝縮されていてよかった。昨日の手直しもしつつ、午前二時には就寝。

 

四日目

・旅行行程のなかで、一番緊張感のある四日目。もともと正午過ぎから眉タトゥーの予約を入れていたのだが、初日に予定していた大劇場ミュージカル『レッドブック』が中止になったことで、ほとんど被るかたちでこのミュージカルの昼公演チケットを取っている。見知らぬ地でのギリギリ行程、燃えますね(燃えない)

・今回行く美容サロンは韓国語教室の先生のお墨付き。ラインから日本語で予約できるなど、日本人向けのサービスも充実していて安心できる。いざ施術! 何度も先生が下書きをして一番良い形を見つけてくれるのだが、わたしは皺眉筋が発達しすぎるため、かなり先生の手を煩わせた。この筋肉、眉をひそめたり眉間に皺を寄せすぎると発達してしまうらしく、如何にわたしが日々険しい顔で生きているのかが分かる。施術自体はカウンセリングも併せて一時間半で終わった。痛みについては、わたしはほんの少しはあったのだが、横の席のお姉さんは「え?本当に今入れてます?本当に?」と何度も確認するくらい痛くなかったようなので、個人差があるようです。

・美眉を手に入れたわたし、鏡を見て大喜び。暫くは水に濡らさないように、などの書注意を受けて、サロンを後にしました。ちなみに、わたしが行ったのはELLE Artmaik(@elleartmake)さんです。渡韓して眉タトゥーの予定があるかたは、是非ご参考に。

・さて、韓国ミュージカル『レッドブック』の開演は午後三時。サロンを出たのは午後二時、現在地から劇場までの所要時間を調べてみると、一時間。ギリッギリだが、射程圏内に入っている。ということで、劇場までダッシュ!!! これ、概念ダッシュだったら良かったのですが、大学路に到着した時点で開演まで十分を切っており、本当に走りました。ふたたび汗みどろになる顔。「ああ、水に濡らしちゃダメって言われたのに……!!!」と思いつつ大学路を滑走しました。

韓国で愛されるミュージカル『レッドブック』、非常にフェミニズム要素の強い作品で面白かった。

・ミュージカル『レッドブック』の舞台は十八世紀のイギリス。アンナという才気ある奔放な女性が官能小説家としての才能を咲かせていく様子を描いたフェミニズム作品で、韓国のオリジナル作である。実は、昨年冬に観に行った『女神様が見ている』と同じ脚本家の作品であり、物語も曲も魅力的で、韓国でも非常に人気が高い。

・これが本当にいい作品だった。女が自分のために働いたり、文章を書いたりすることが異質と見られていた時代。まして自分の身体のことや性欲について物語るなんてとんでもないと見られる世の中を、アンナは悩んだり苦しんだりしつつも、元気に力一杯に生きていく。舞台が十八世紀となっているが、二十一世紀でも未だ残りつづけるミソジニーの問題をかなり脚本に取り入れていて、そういう部分でも見応えがある。またこの作品は、アンナが「自分とは何か?」を問い続ける作品でもあり、本当に曲を聴くだけでも涙が出るような名曲がたくさんある。ちなみに、作中で登場する女達の文芸サークル「ローレライの丘」にまつわる挨拶曲が好きすぎてブログに翻訳を投稿したので、また興味があるかたは併せて聞いてみて下さい。

 

kakari01.hatenablog.com

 

・ぶかままで時間を潰すために、再びおしゃれなカフェに。ここのフルーツショートケーキがすごく美味しかった。レッドブックの余韻に浸りつつ、遂に最後の観劇となった本日のぶかまに向けて精神を整えていく。……はずだったのだが、カフェを出るころに頭痛の気配を察知してじゃっかん焦ることになる。

・当然、頭痛持ちのわたしは日本から頭痛薬を持って来ているのだが、つめが甘いのですべてトランクの中である(持って来た意味ある?)韓国の薬局は日本のドラッグストアとは少し勝手が違うので、コンビニでお菓子を買うようにはたぶん頭痛薬を買えない。ということでネット検索をしてみたのだが、どっこい、なんと韓国にはコンビニで頭痛薬が買えるということが分かった。ということでコンビニに走り、事なきを得た。

・観劇前に、日本からフォロワーさんが観劇に来られているというので待ち合わせてご挨拶する。初演からぶかまをご覧になられているとのことで、そのへんの話もいろいろ聞かせて頂いて本当にたのしかった。わたしが無事に韓国に来てミュージカルを見られているのも、韓ミュ沼の先輩方がいつも親切に導いてくださっているからである。この場を借りて、本当にお礼をお伝えしたい……有り難うございます!!!!

・最終日ぶかま、癖が強くて楽しかった。こんな胡散臭いイワン・フョードロヴィチ、初めて見た…。ドストエフスキーの作品のなかで、クソ野郎共の地獄の祭典ライトノベル『悪霊』という作品があるのだが、そこでも十分やっていけそうな人材であった。

 

五日目(おまけ)

・この日は帰国日。余裕を持って空港に向かう。ちなみにこの日、月一で参加しているオンラインのドストエフスキー読書会の開催日と被っており、いかなるドストエフスキーチャンスも逃がしたくないわたしは、仁川空港から参加することになっていた。

・仁川国際の四階はオープンカフェスペースになっている。韓屋っぽいスタイルのお洒落なカフェスペースで、わたしが行ったときは殆ど混んでいなかった。デカいカフェオレを購入し、長時間いても目立たなそうな場所を確保し、ZOOMに繋いだ。この日は『虐げられた人々』についての読書会だったのだが、非常に充実した二時間四十分を過ごせた(長い)ドストエフスキーを読んでみたいけど、何から読んだら良いか……というひとは『虐げられた人々』がお薦めです。おれのネリーが良すぎるから読んでくれ。

・ということで、韓国とドストエフスキーを堪能した渡韓旅行となりました。応援していてくださった皆さま、本当に有り難うございます。今から、次のぶかま再演に向けて韓国語をムキムキにしておきたいと思います!!!