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韓国ミュージカル『女神さまが見ている』雑感

 2022年、年の暮れ。大好きな韓国版ミュージカル『女神様が見ている』(通称:よぼしょ)を観に韓国に行って来たので、忘れないうちに作品感想を書いておこうかなと言う記事です。ちなみに旅行記ではない……旅行記はまた別で書けたら良いなと思うけど、莫大な時間が必要になりそうなので、書けるかどうか分かりません。

 

 

 

12月29日『女神様が見ている』

<STORY>

 朝鮮戦争時代。北朝鮮軍の捕虜を釜山に運ぶ任務を受けた韓国軍のヨンボムは、後輩のソックと共に任務に就くが、途中で大嵐に遭う。難波した船が流れ着いたのは、どこの果てとも知れない無人島。北朝鮮軍の鬼軍曹チャンソプによって逆に縛られてしまったヨンボムは、絶体絶命を迎える。

 しかし、北朝鮮軍も追い詰められているのは同じだった。天才的な船舶修理技術を持つ北のリュ・スンホ(スノ)は戦中のPTSDによって、すべてのものに子供のように怯えることしかできなくなっている。極限状態が続き、次第に人間らしさを失っていく軍人たち。生き残りを賭け、食料を奪い合い、ギスギスも最高潮を迎える頃、突然の打開策を開いたのは、悪夢にうなされるスンホを気の毒に思ったヨンボムが語った作り話だった。

 この島には、うつくしい女神様がいるんだ。だから、何も怖がらなくて良い。

 ヨンボムが作りだした物語は、スンホの傷ついた胸に予想以上に染みこんだ。女神様の存在に励まされ、スンホは急に活気を取り戻す。更に、女神様の喜ぶことがしたい、というスンホにヨンボムは「女神さまはお願いを聞いてくれる人が好きなんだ」「船を直してくれないかな~」と巧みに誘導を試みる。

 上手くいけば、このままスンホがすべて船を直してくれるかも知れない。とはいえ、寝物語の「おはなし」の力はさして強くない。急変したスンホの様子を訝しむチャンソプに、ヨンボムは「スンホに疑いを持たさず船を直すには、みんなで女神様が見えるふりをするしかない」と説く。

 かくして、北と南の軍人たちは一時休戦し、『女神様が見ている作戦』を決行することになる。男達は、ヨンボムが作った「女神様は静かな場所を好みます」「争いは禁止です」「みんなで平等に分け合いましょう」「身体は清潔に」等々の設定に合わせて、一緒に生活を始めることになる。

 馬鹿馬鹿しい「ごっこあそび」。船さえ直れば、相手を消してしまえばいい。お互いにそう思っていた。しかし、ただの手段だったはずの「女神さま作戦」は軍人たちに少しずつ影響を与え出す。互いを支え合い、ケアし合う暮らしは次第に彼らの人間らしさ、故郷への思いを取り戻させることになりーー。

 

 圧倒的な人気を誇るミュージカル作品『女神さまが見ている』の十周年公演が行われ、かつて出演していたアン・ジェヨンさんが再び出演すると知ったのが、今回のわたしの一番の渡韓の目的だった。(ちなみにジェヨンさんはミュージカル『ブラザーズカラマーゾフ』でかなり高慢に解釈したイワン像を演じ、わたしの心をめちゃくちゃにしたハチャメチャ歌ウマお兄さんである)

 『女神さまが見ている』は、日本語字幕付きで何度か配信されている作品だ。最初に見て以来、そこに含まれる優しさと哀しさ、物語を包み込む力強い人間賛歌に大ファンになってしまった。

 海を渡った先での、ミュージカルの生観劇。とにかく、ものすごくパワーを感じて面白かった。歌の圧倒的な力もそうだが、作り込まれたライティングによって増す「瞬間」の力による説得力なども素晴らしかった。韓国はミュージカル文化が盛んだが、そこで磨かれるのは歌唱力だけではない、演出力も作曲もすべてが高い水準で磨き上げられているのを感じて、本当に圧巻だった。

 悪夢にうなされているスンホの内側を描いた楽曲「悪夢に祈って」の恐ろしさ。真っ赤なライティング、足を踏みならして舞台を徘徊する兵士の亡霊、繰り返し目の前で死に続ける兄の姿は、映像でみる百倍は怖かった。

 もう僕を離して どうか僕を探したりしないで

と悪夢に祈り続けるしかないスンホの閉じ込められた場所の辛さが身に染み入るようだ。

 『女神さまが見ている』に対して、つい兵士達が女神様の元でキャッキャウフフと生活し始めてからの可愛いイメージを抱いていたのだが、その実、最初から最後まで緊張状態が続いており、その緩みと張りの演出が巧みなのだと最近気付いた。緩急の落差が大きく、それゆえにわたしたちは何度見ても彼らの姿に戦き、笑い、胸を痛め、涙を流す。

 生で見たアン・ジェヨンさん演じるシン・ソックの可愛さは語るまでもない。主人公ヨンボムの後輩分であるソックは、いわゆる「永遠の後輩キャラ」というべき愛らしさを持っているのだが、役者によって様々な演じ分けがなされる。なお、ジェヨンさんのソックは「とにかく背も動きもデカく、心から素直なアホで良い奴」というキャラ付けがなされている。イワン・カラマーゾフをやった俳優がシン・ソック役というのも最初は信じがたかったが、実際に観てみると考えていたより千倍くらいアホで吃驚した。ものすごくかわいい……そして果てしなくアホだった。きみは今までどうやって生きてきたんだ。

 そんなアホなソック君が、実は隣に住む未亡人のお姉さんに長年思いを寄せていたこと、遂に告白しようと決心したときに徴兵されてしまったことなどが描かれる過去パートと共に歌われる楽曲『つぼみ』の切なさ、やりきれなさは凄まじく、そのギャップがまた心に刺さる。いうまでもなく、歌っているのは、その圧倒的歌唱力と演技力で瓦解するイワン・カラマーゾフを力強く表現し、わたしを一ヶ月の不眠症に叩きつけたアン・ジェヨンさんである。

 夕暮れどき、徴兵されるソックから発される叫び。周りの誰からも「それは愛じゃない、同情だよ」と言われ理解を示してもらえなかったソックは怖くて、恥ずかしくて、お姉さんに思いを伝えられなかった。ああ、あのときに気持ちを伝えられていたら、一緒に生きようと一言でも言えていたらーー。

 スラムダンクにも見られる「登場人物の過去が順番に明かされ、途端に彼らの心に秘めた熱い思いや苦痛やさみしさに気づき、好きになってしまう」という手法が『女神さまが見ている』でも用いられている。

 上で挙げたスンホやソックだけでなく、体力も知力もないが、口先だけでなんとか生き繋いできたいい加減男ヨンボム、北の軟派なパリピお兄さんジュファ、誰もが恐れる冷徹で残酷な軍人チャンソプ、チャンソプの忠臣でお堅いドンヒョンなどにも、それぞれの過去があり、事情があり、帰りたい場所があることが、物語の終盤で明かされる。

 『女神さまが見ている』は非常に仕掛けの多い舞台で、登場人物も多いだけに、何度見ても新しい発見がある。ヤン・スンリさんが演じるチャンソプは、非常にスマートな冷酷さを持っている。しかし、それゆえに『女神さま作戦』が進むうちに、チャンソプが本来持ってきた繊細さ、優しさが見え隠れしだし、さらにそれを潰して自分を「強くて奪い取る側」として造り替えて生きてきたことへの苦悩と恥が感じられてとても良かった。

 女神さま役のヨヌさんの演じ分け、歌唱力も本当にすばらしかった。誰かを思いやり、その痛みの声に耳を傾け、寄り添い、なにかしたいと勇気をもって立ち上がることで、わたしたちは繋がってくことができるはずだ、というこの物語が持つメッセージに説得力を与えているのは、何と言っても女神さまの「存在」感である。

 

 何度配信で観ていても、やはり劇場で直接観るパワーは凄い、と初日から圧倒された観劇だった。

 朝鮮戦争についての物語を、日本人である自分が韓国の人々と同じように楽しんでいいのだろうか、という問いは常に自分の中に存在しているし、それが薄れることはないと思う。しかし、そこにある責任も辛さも含めて、この『女神さまが見ている』という舞台を見ることは、わたしにとって非常に大切なものなのである。

 

 

 

12月29日『女神様が見ている』

 

 大まかなストーリーを含めて、29日分でかなり語ったので、こちらは雑感のみにしたい。

 この日はとにかく、テジュンさんのヨンボムがあまりに良かった。この主人公のソン・ヨンボムと言う男、意気地がなく、極めていい加減で、口が軽くて上手く、でもやさしくて、兄貴肌もあって……というようなキャラクターなのだが、どの特性にどれだけ重きを置くのか役者さんによって、かなり差が出る。どのヨンボムも楽しく見ているのだが(今更だが、韓国のミュージカルは一つの役にトリプルキャスト、もしくはそれ以上をあてたりしている)、テジュンさんのヨンボムは個人的なヨンボム感と非常に解釈が近くて大盛り上がりだった。

このいい加減さ! その場しのぎの口の巧さ! 馴れ馴れしさと図々しさ! 

そして実は、暴力を厭うやさしさと力強さも秘めているキャラクターというところが、最高によかった。歌も何事かと思うくらいに上手い。この「めちゃくちゃいい加減な男」がその圧倒的歌唱力ゆえに、ありもしない(と思われた)「女神さま」をあまりに精密に描いてしまった、という説得力のバランスが面白いのである。

 チョンウォンさんのスンホは、物凄く可愛かったのだが、ちらちら腹黒さが見えて、見ながら何度か「スノ……?」となってしまった。おまえ、全部分かってやってるだろ。

 あとこの回、異様にソックとジュファが仲良しすぎて気持ちが大変だった。二階席だから、全体がよく見えるのだ。チャンソプの過去パートで大泣きをするわたしの目端に、暗闇で始終イチャイチャしている姿の二人が写っていて心が引き裂かれました。なんでそんなに乳繰り合っているの!いつの間にそんなに仲良くなったの、きみたちは!

 ちなみにこの回、といったけど、配信ではチャンソプ以外は見切れているし、29日の公演では一階席でチャンソプ付近を一生懸命見ていたので、周囲がどうなっていたのか分からない。彼らはいつも乳繰り合っているんですか?有識者の方がいたら、おしえてください。

 

(終)