彗星のてんぷら

あげたての星からはイマージュの匂いがする

ドストエフスキーオタク、韓国のイワン・カラマーゾフに会いに行く

 今年も残すところあと二週間あまりとなりましたが、「まだ2023年のターンは終わっていないぜ!」と山積みのやりたいことを消化中のかかり真魚です。楽しみにしている#ぽっぽアドベント2023 の開催、本当におめでとうございます! 主催のはとさんのご尽力とお人柄で、またこのような素晴らしい場を多くの方と共にできる幸せを噛みしめています。本当に連日楽しくって……楽しくって!!! なお、これまでの素敵な記事はこちらからどうぞ。

adventar.org

ちなみに、昨日担当のKiEさんの記事は(G)I-DLEにハマった話と韓国語学習を始めた話でした。わたしも(G)I-DLE大好きなので大歓喜で読ませて頂きました。媚びない女のパワーに溢れたアイドルで本当に格好良いですよね。ちなみにわたしの記事も韓国エンタメと韓国語学習の記事なので、ガッツリバトンを受け取ります!!!

sasanopan.hatenablog.com

 ということで今年のテーマは「NEW WORLD」。
 一昨年の記事でご存じの方もいらっしゃるかも知れませんが、わたしはドストエフスキーオタクでして、以前はドストエフスキー生誕200年祭にまつわる喜びの記事を書かせて頂きました。

kakari01.hatenablog.com

 この最後の方に、韓国ミュージカル「ブラザーズカラマーゾフ」との衝突と韓国語の勉強を始めたことを書いていたのですが、実は今年、韓国にて本作の再公演があったのです。で、遂に渡韓して生で見てきたのですが、折角なのでわたしがこのミュージカルに衝突して韓国語を勉強した軌跡とその実践編について書こうかなと思います。
 全く知らない言語を一から始めて外国まで推しの同人誌(翻案作品と言いなさい)を観に行く体験、ほんとNEW WORLDだったんですよ。
 ぽっぽアドベントがお休みだった昨年から今年までの話です。
 なお、この記事は一万五千字くらいあります。(相変わらず長い)

1 出会い
2 ハングルとの戯れ~TOPIK2級取得
3 韓国語オンライン授業&韓国人の友達を作ってみよう
4 初めての渡韓
5 遂にやってきた「ブラザーズカラマーゾフ再演」の知らせ
6 韓国のイワン・カラマーゾフに会いに行く
7 これから

2023年版公演のブラザーズカラマーゾフのポスターです。ビジュアルが強い。

1 出会い

 詳しくは過去の記事を読んで頂けたら良いのですが、ざっくり紹介すると韓国ミュージカル「ブラザーズカラマーゾフ」とは、ドストエフスキー著作『カラマーゾフの兄弟』を凡そ一時間半程度に凝縮した初演を2020年とする韓国のオリジナルミュージカルです。「登場人物がしぬほど多すぎて名前も覚えられないんだけど?」というドストエフスキー後期長編にありがちな難点を「お父さんと四人の息子たち」という五人の登場人物に絞込み、更に物語をフョードルの葬式から始めるという、謂わば『タイタニック』で例えると既に船が沈み始めた時点から始めるという画期的な省エネ戦法により物語の旨味を凝縮することに成功した作品です。
 あまりにも凝縮が過ぎて、原作のシーンを忠実に再現するというよりはエッセンスを再構築するという方向に舵を切っているので八割が原作にないシーンで出来ているみたいな感じなんだけど、まあ上手すぎて最初は気付かなかったよね……という、なんかもうオタクの夢みたいなミュージカルなんですよ。同人誌ですよ(ミュージカルだよ)。
 そして、韓国の芸術分野の豊潤さはご存じのとおりで、ミュージカルにおいても兎に角ハンパない、マジでハンパないクオリティが実現されているのでございます。
 ありがてえ~~~~~~カラマーゾフ万歳!!!!!!(※大地に接吻しております)
 ということで、たまたまYouTubeでまとめ動画を目にし、ついでに運良く配信において全編の視聴に成功したわたしは、当然ながら病的な興奮に陥りました。ちなみに配信には字幕がついてなかったのですが、神さまみたいな方が日本語訳の束を下さったので、それを捲りながらの視聴でした。
 ちなみにわたしのカラマーゾフでの推しカプ、冷淡で無神論者きどりの秀才な次男坊イワン・カラマーゾフと、屋敷の使用人でカラマーゾフ家の庶子ではないかとの噂をもつスメルジャコフの二人組なんですが、本作の配信があったやつの劇中では、二人の間の緊張感が最高潮に達したその瞬間、スメルジャコフがイワンの頬に手を触れながら「나의 이반……(わたしのイワン)」というシーンがあったんですよね。
 当然、原作にはマジで影も形も存在しないシーンなので、(わたしは何を見せられてるんだ?)(生きてるといいことがあるな)(俄には信じがたいシーンすぎる)(有り難う韓国、有り難うブラザーズカラマーゾフ)(イワン・フョードロヴィチがえっちすぎる)と混乱状態に陥りながらぶかま(ブラザーズカラマーゾフの省称)の先輩であるいよさんにDMを打ちました。(以下、要約)

 私「あのシーン、すご、えっ凄いんですけど……ぶかま凄くないですか???」
 いよさん「あれ、スメルジャコフ役のパク・ジュンフィさんのアドリブなんですよ」

 えっ、アドリブ?
 アドリブなんてあるの?
 っていうか、そんな強火のアドリブ入れるとかある??????

 後に判明したのですが、インタビューなどを見るにスメルジャコフ役のジュンフィさんはかなりのスメイワ強火勢っぽくて、解釈も二人の関係性に重点を置いたものになっているようです。そもそも韓国のミュージカルにおいては一役にトリプル起用なども珍しくなく、つまり日夜さまざまな組み合わせで公演され、あらゆる役者解釈や表現などがその日その日で絡み合う、まさに生きた芸術ともいうべきものだったのです。
 本作に魅了され、いつか生で観劇してみたいなあと思っていたわたしにとって、この自分の心臓をシベリア鉄道で微塵に轢圧したともいうべきワンシーンが「台本に載ってない」という事態は衝撃的でした。
 原作にもなく、また台本にも載ってない部分で発生する、細やかで豊かな解釈と表現力が「ブラザーズカラマーゾフ」の素晴らしさの一端を担っていたのです。
 この素晴らしい作品を堪能するには、役者が表現する細かな部分までを拾い上げる言語力が必要なんだ……。よし、韓国語勉強しよ!!!! そして「ブラザーズカラマーゾフ」再演の暁には、スメイワスメのあらゆる濃淡を含む旨味を心ゆくまで堪能してやるんだから!!!!
 という経緯などがあり(また韓国のオタクがハングルで書いた凄まじい量のファンフィクションの存在も見過ごせず/夢かと思った)十九世紀ロシア文学のオタクであるわたしは、突如韓国語の勉強をするようになったのです。

(因みに補足ですが、わたしは現行の受け攻め文化及びCP表記に遺憾の念があるので、以下に登場する「スメイワ」は「スメルジャコフ/イワン」のスラッシュ表記、或いは「キキララ」みたいなコンビ呼びだと思って頂けると幸いです/こんな剣呑なキキララがあってたまるか)

 

2 ハングルとの戯れ~TOPIK2級取得
 今、韓国語を勉強し始めて二年少しなのですが、恐らく言語の極意は「モチベーション維持」です。地頭の良さなども当然ある程度は関係あるのかも知れませんが、一般的に見て、やはりどれだけ長く楽しく続けられるか、という点が重要なように思います。
 ということで、韓国語の勉強を始めたわたしが最初にしたことはノートと単語帳をデコることでした。

 かわいい!!! デコの才能がある!!!
 デコっているあいだにハングルのひとつでも覚えられるんではないか、という感じかも知れませんが、形から入るタイプのオタクなので許して下さい。
 ちなみにわたし、学生時の勉学のほうはからっきしで、授業が六時間あるとそのまま六時間寝ていたタイプの人間でした。嘘です、体育の時間だけは起きてました。ただ、昔からハマったことに関しては脅威のパワーを発揮するところがあるので、「韓国語にハマることができれば勝算があるな」と思っていました。
 韓国語を趣味にしよう。鬼退治にハマって二度と島に戻ってこなかった桃太郎のように……韓国語にハマるしかない!!!!(※そんな桃太郎は存在しない)
 ちなみに、KPOPや韓国ドラマの流行もあり、世には韓国語を始めたいという人間向けのコンテンツや教科書に溢れているため、わたしのようなこれまでマトモに語学をしたことのない人間でも(わたしの英語能力は壊滅的です)簡単にアクセスすることができます。周囲の韓国語学習者の先輩方からおすすめの教材なども教えて貰いながら、環境を整えていきました。なお、学習計画というほどのものではありませんが、半年後くらいにある韓国語能力試験(通称TOPIK/トピック)の初級合格を目指して、まずは独学でハングルの会得と初級文法、初級単語の勉強を始めました。
 この時期は本当に勉強が楽しくて、すごく毎日がうきうきだったのを覚えています。
 ちょうど仕事で就いていた部署が忙しく、朝の六時には家を出て、帰ってくるのは午後九時半を回っているという家でご飯掻き込んでシャワー浴びて寝るしかない、休日もしんどすぎて起き上がれない……みたいな社畜生活にどっぷり浸かった状態のときだったのですが、「ブラザーズカラマーゾフが凄い!!!」「韓国語が出来るようになりたい!!!」という病的な興奮によりギアが完全に振り切れたわたしは突然ヤバイくらい元気になってしまいました。
 勉強時間を確保したくて、帰宅後は爆速でやることをやって一時間くらいは机に座り、通勤時間も聞き流しや学習アプリを使って単語を覚えていきました。本当に毎日疲弊していて、「やりたいことはたくさんあってもどれも手が付けられない……」という状態から、「何を置いても韓国語がやりたい!!!」という状態に移行できたのは本当によかったと思います。無数にあるやりたいことに優先順位を付けられたのも良かったんだろうな。

 独学韓国語学習者の神器のテキストと言われる『できる韓国語 初級』をコツコツ解いて、上下二冊をやり遂げたときはとても嬉しかったです。
 でもまあ、復習しないと忘れるんですよね。二冊終えたときには、二冊目の半分以前の内容は全て忘れていたと思います。
 ちなみに、この初級テキストが終わった時点で、目標のトピック試験までは一ヶ月くらいしか残っていませんでした。「マジで? 絶対間に合わないが?」と思いながら試験用の参考書を買い、過去問を解こうとするも単語数が足りてないみたいで全然分かりません。急遽、トピック試験対策用の初級単語集も買い足して、この一ヶ月は今思い返してもマジでめっちゃ勉強していたと思います。
 試験直前の過去問模試、本番さながら時間も測ってしぬおもいでやってみたら自己採点は148点でした。(2級合格は150点以上)
 「あと2点を絞り出すしかない……わたしの身体のどこかから……!!!!!!」
 こんな感じで全然間に合ってないままに韓国語能力試験の会場に赴きました。
 ちなみにこの試験、初級の1級から始まって上級が6級までという試験になっています。
 まさか自分が趣味で語学検定を受けるようになんて……長くドストエフスキーオタクをしていると色々なことが起こるなあ、と思いながら会場入りし、当然余裕のない実力で望んだので時間は足りないは集中力は焼き切れるわで、本当に大変な思いをして試験を受けました。ちなみに初級検定は読解と聞き取りで、特にわたしは聞き取りが笑えるくらい分かりませんでした。
 全く手応えのないまま試験が終わり、「もう二度と受けたくない……」と試験というものを受けた後には必ずやってくる感情を例に違わず噛みしめ、家に帰りました。
 一ヶ月後に試験結果の発表がありました。

 すごい滑り込みで受かってました。153点!!!
 絞り出せた~~~~!!!!わたしの身体から5点が出てきたぞ!!!!!!!!
 この喜びは本当に、とても大きかったです。正直、実力的にはマグレもあったんじゃないかと思うのですが、半年間地道にやってきたことに「合格」というかたちが与えられたのはとてつもない喜びでした。
 ちなみに最初の方にもちらっと書きましたが、ブラザーズカラマーゾフ、実は二次創作も豊富でTwitterやポスタイプ(韓国のpixivみたいなやつ)で色々読めるのですが、如何せん全て韓国語なので爆速で韓国語をマスターしないと翻訳機を通じてしか、それらを読むことが出来ません。つまり韓国語が読めれば韓国のオタクが書いたスメイワが読めるってこった!!!(なお参考ですが当時pixivでスメイワ小説は六件くらいでした。このオタクの凄まじい飢えをお察し下さい)
 爆速で韓国語が必要なんです、わたしには、本当なんです!!!!!! ということで、オタクは次のステップに進むことにしました。

※なお、この春先にロシアのウクライナ侵略が始まり、精神的に本当にキツい時期が続いたりもしました。このあたりの話は昨年別のブログでちょっと書いたので、ついでに貼っておきます。一時は「このままインターネットでロシア文学の話をし続けていいものだろうか」とかなり悩んだりもしましたが、沢山の人から言葉を貰い、また再びぶかまのNAVER放送を観たりして、打ち拉がれから立ち直るきっかけを頂きました。NAVERでの再放送ついては完全に偶然なのかも知れませんが、日々ニュースから流れてくる戦場の凄惨な様子、また別の部分では日本のロシア料理屋さんが襲撃を受けるなどのニュースを見て何重にもショックを受けていたわたしにとって、皆さんの言葉やこの時期の再放送は、わたしの大好きなドストエフスキー作品、また『カラマーゾフの兄弟』という作品のメッセージや意義を見直すことに繋がりました。自分の立ち位置を改めて考え「今のロシアのウクライナ侵略について断固反対し、ウクライナを支援することが、ドストエフスキーやロシア文化をこれまで愛してきた自分にとって出来ることなんだ」と思いを新たに出来ました。一日でも早いウクライナ侵略の終結、更には別の地域で行われている侵略、ガサ地域への侵略が終結することを切に願います。

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3 韓国語オンライン授業&韓国人の友達を作ってみよう
 TOPIK2級の合格ラインは「簡単な日常会話程度ができる」となっていますが、では2級を合格したからと言って日常会話が出来るかと言ったら、全然です。っていうか皆無です。そもそも韓国語は日本語に比べて発音がめちゃくちゃ多いので、文法や単語の他にこれらも習得する必要があったりします。語学のブログなどを漁っても、やはり語学学習においては発話練習が非常に重要と書かれていました。
 ということで、ドスオタはオンラインレッスンを受けることにしました。
 コロナの影響もあって、ちょうど語学のオンラインレッスンが全盛期だったかもしれません。わたしが申し込んだところは講師の数が多くて、どんな時間帯でも授業が受けられるというところが良かったと思います。頑張れば、仕事が終わった午後十一時からでもレッスンに入れる! でもまあ、結局は大体土曜にとかに受けていたのですが……講師は毎回選べたのですが、何となく同じ先生に観て貰う方がいいかなあと思って継続で一人の方に見て貰っていました。教科書に沿って音読したり、パワーポイントを見て文章を作ったりという感じで内容としては初級文法の振り返りって感じもありつつ、それなりに楽しくレッスンを受けていました。ちなみに、「じゃ、今からあなたが乗る飛行機の横の席にBTSのメンバーが乗ってたとして、ちょっと口説いてみて下さい」という、そんな状況ないですけど???!!! みたいなロールプレイングも結構やりました。すみません先生、わたし多分日本語でも無理だと思います。


 平行して、テキストは『できる韓国語 中級』を始めつつ、更にもう一つチャレンジしたかったのが「韓国人の友達を作る」ということです。
 Twitterでは既にドストエフスキー関係や韓国ミュージカル関係のトチン(韓国語でTwitter繋がりの友達のこと)たちがいたのですが、如何せんわたしのよわよわ語学学習に付き合って貰うのが申し訳なかったので、語学アプリ『hellotalk』で探すことに。
 hellotalkは言語交換アプリで、ネイティブとチャットや会話をしながらお互いの学習を助け合える(しかも無料)という、有効に使えば非常に有能なものです。
 出会い系目的の人間もいてトラブルも皆無じゃないようなので、ちょっと使い方は気をつけなければいけない部分もありますが、如何にわたしの見極めを乗せておくと
 ・ アイコンが動物かアニメ(アニメは線が少ない絵柄のやつだと尚良い)
 ・ 同性でプロフィール覧に「恋愛求めてません」と明記してある
 ・ 日記をマメに書いており、添削や質問を積極的にしている
ような人を見つければ、ややこしいトラブルになることは少ない気がします。
 当然、合う合わないもあるので、連絡を取ったすべての人とやりとりが続くわけではありませんが、一期一会を求めて気になるひとにコミットしてみるのも楽しいです。ちなみにわたしが最初に仲良くなった子は、偶然にも俳優ク・ギョファンの大大大ファンであり、最早わたしの初級文法のアウトプットはク・ギョファンのお陰で伸びたと言っても過言ではありません。「『ウ・ヨンウ』のクギョファン回観ました、めちゃ良かったです!」「すごく可愛いでしょう~!!!私も何度も見ました」「あんなの、みんなが見たいクギョファンじゃないですか?」などの会話を日本語と韓国語で共に書き、それを互いに訂正し合うという形で会話していました。
 なお、折しも日本ではク・ギョファン主演の『なまず』という映画が封切りになっていました。それらについて話し合っている途中で知ったのですが、映画大国と言っても良い韓国には「パンフレット」の文化がないそうなのです。そして当時、我々はクギョファンや野木亜紀子ドラマで意気投合していたので、
「あの……もし個人情報とかが大丈夫であれば、国際郵便で送りましょうか?」
「えっ、いいんですか?」
 という流れになり、折角なので上限を決めてお互いの欲しいもの等を送り合おうという国際郵便プレゼンツが発生したのでした。
 国際郵便なんて送ったことないよ~!!! と色々調べながらのチャレンジでしたが、本当に楽しくて良い思い出になっています。友人はサンリオやちいかわグッズが欲しいとのことで、パンフレットに加えてそれらのグッズを購入し、更にはブラックサンダーじゃがりこなどの日本のお菓子、そして拙い韓国語で書いたお手紙を添えて送りました。

ものすごい量の韓国映画のフライヤを送ってくれて大歓喜でした。宝物です。

 友人からわたし宛に届いたものがこれです。
 韓国語版の『カラマーゾフの兄弟』に加えて、たくさんの映画のフライヤ、韓国のお菓子などを送ってくれました。当時、まだ韓国に行ったことのないわたしにとって、この贈り物は本当に嬉しかったです。
 ちなみに、今はもうこの友人とのやりとりは途絶えているのですが、他に二週間に一度くらいの頻度で電話する同年代の友達が出来たり、韓国ミュージカル繋がりの方とお話しできたりと色々出会いがありました。
 Twitterでやりとりしてくれる友人方も含めて、やはり他国の友人が出来ると言うのはそれだけで世界が広がる気持ちになります。文化や言葉の差も含めて、彼らと関わり言葉を交わすことは、とても楽しくて嬉しいことです。


4 初めての渡韓
 初めての渡韓は、昨年末から今年正月に掛けてでした。そう、実はわたし、今年は韓国で新年を迎えていたのですね。
 「ブラザーズ・カラマーゾフ」でイワン・カラマーゾフ役だったアン・ジェヨンさんが、これまたわたしの好きな韓国ミュージカル『女神様が見ている』に久々にキャスティングされると聞いて、居ても立ってもいられなくなったわたしは渡韓の決意をしました。
 初めての韓国、そして個人旅行、更にマジで誰も同伴者なく一人で行くんだが?
 と不安要素満載の見切り発車も良いところだったのですが、どうしてもアン・ジェヨンさんの生舞台を大好きな作品で見てみたいという欲望と、「もしブラザーズカラマーゾフが再演になったときの予習を一回しておきたいんや……!」という切実な気持ちにより押し切りました。この初渡韓には、チケット取りやホテル手配を含め、国内外の韓ミュオタクの友人達の助けを本当にお借りしまして、いくらお礼を言っても足りないくらいです。
 ちなみに、この渡韓及び観劇については、別にブログがあるので貼り付けておきます。

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 「アンニョンハセヨ~(こんにちわ)」「イゴジュセヨ(これください)」「カドゥロハルッケヨ~(カードで支払います)」など初歩中の初歩の会話能力を握りしめて行った韓国でしたが、本当に楽しかったです。簡単な会話が通じる、駅の表示が読める、などの些細なことでも、自分が今までやってきた韓国語がちゃんと息をしているのを感じられて、飛び上がるくらい嬉しかったです。
 しかし一人旅、ほんと食堂に入るだけでもめっちゃ勇気がいる。
 着いたその日は決心が付かず、ロッテリアでプルコギバーガーを食べたりしました。安心安全のパネル注文!日本語対応あり! プルコギバーガーは美味しかったです。(そのあとちゃんと食堂にも体当たりチャレンジしました。韓食大好きなのでめっちゃ堪能しました……ああ、また韓国に行きたい)
 ミュージカルも二作見たのですが、それぞれ日本語字幕配信で視聴済み、原作読了済み、と物語が頭に入っている状態だったので、その場の聞き取りがふにゃふにゃでも何とかなりました。
 アン・ジェヨンさん、ほんとめちゃ歌ウマお兄さんなんだよな……(良かった!)
 事前に用意しておいた韓国語で書いたファンレターも無事に渡せて良かったです。今回の舞台のことと、ブラザーズカラマーゾフを観たときの感想も合わせてかなり長文で書いたものでした。(ちなみに表現が不安なので、「ココナラ」というアプリで韓国語が堪能な方にチェックしてもらいました)
 舞台は本当に素晴らしかったです。とはいえ、これらを現地で生で見てもしっかり楽しめるくらいの韓国語能力が欲しいんだよなあ、自分の実力はまだまだだなあということもしっかり感じました。
 そしてこの渡韓中に、わたしは知らせを受け取ることになります。明洞の伝統茶のカフェでなつめ茶を優雅にしばこうと思っていた矢先、TwitterのDMで送られて来たのです。
「2023年、春にブラザーズカラマーゾフの再演、決まったよ!!!!!!」
 思っていたよりめっちゃ早いんやが、と韓国で大パニックになりました。


5 遂にやってきた「ブラザーズカラマーゾフ再演」の知らせ
 今年の初めから半年くらいは、本当にブラザーズカラマーゾフで大パニックと言っても良いくらい気持ちがそぞろでした。
 この時点で、私の韓国語学習歴は一年ちょっと程度。そもそも「この春先に連休が取れるのか?」という部分も含め、何もかもが整ってなかったのです。
 わたしが整ってなければ、何だか公式も整って無くて、待てど暮らせど公式からの正式発表もなければキャストの発表もないという状態が続きました。(この時点での「公演決まったよ!」は、年間の韓ミュ作品スケジュールが一括発表になったやつに記載があったという意味でした)。そのため韓ミュクラスタからは「本当にやるのか?」「劇場押さえてるのか?」「前回の俳優、別の作品に取られてるが?」という何かもう大丈夫なのかよの空気もありつつ……いや、ほんとに公演一ヶ月前になっても、なんの音沙汰もなかったんですよ。本当に再演してくれるんだよね、果樹園!!!(製作会社) せめてアン・ジェヨンさんのイワン続投があるかどうかだけでも教えてくれ、果樹園!!!(製作会社) 海を越えるオタクもいるんだからね、果樹園!!!(製作会社)と思いつつ、とにかく出来ることと言ったら韓国語の勉強と無事に連休が取れるようにお祈りをすることくらいでした。

 なお、『できる韓国語 中級』はテキストとして非常に面白くなく、下巻の半分くらいまではやったのですが、途中で放り投げてYouTubeで学べるトリリンガルのトミ先生の中級講義動画を頭から見ることにしました。
 更に、この頃に一年くらいやったオンラインレッスンも契約満期を迎えます。続けることも出来たのですが、授業料が高いのと対面授業でもっと色々喋れるところがあればいいな~と思ったので、別の教室を探すことに。
 運良く、割と通いやすいところに会話重視の韓国語塾が見つかったので、そこに通うことにしました。韓国語を始めた当初とは部署も変わって、昼夕のレッスンが比較的受けやすくなったのも幸いしました。
 そして同時に始めたのが、ブラザーズカラマーゾフの台詞翻訳です。
 韓国のドストエフスキーオタクが、台詞を書き出したものを以前に個人用として送ってくれていたので、それを今一度自分で翻訳してみることにしました。
 当時「これで韓国語を勉強しますね!!!」と元気よく言ったわたしに「こんな暗い作品を教材にして大丈夫でしょうか……」と友人は心配してくれたりもしましたが、改めて見ると初中級の単語や文法も多くて、なかなか良い感じです。
 初めて「ブラザーズカラマーゾフ」に衝突したときは、友人の翻訳を見ながらの観劇でしたが、今こうして辞書を引きながらではあるものの、自分の手で翻訳出来ているなんて結構感動だな~~と思いながら楽しく作業しました。しかしこのミュージカル、本当に「無い記憶」で作られているんだな……(翻訳しながらの感想/原作に無いシーンばっかりである/オタクの幻視みたいな作品)
 そして二月の末頃、遂に公式から正式発表がありました。

ぶかまはスメルジャコフ推しなのでポスターもスメルジャコフである。スメルジャコフ推しのミュージカルと言うだけでもう頭一つ抜けてると言って良いだろう。

 発表おっそ、三月から公演はじまるんやが!!!
 そしてアン・ジェヨンさんは今回、出演せえへんのか~~~!!!!!
 悪役令嬢イワン・フョードロヴィチめっちゃ見たかったな……(アン・ジェヨンさんのイワンは物凄い高飛車で嫌味っぽい感じがするので「悪役令嬢みたい」と言われている)
 しかしもう、この再演に向けて勉強してきたといっても過言ではないドストエフスキーオタク、行かないという選択肢は存在しませんでした。
 レッツ・渡韓!!!!
 韓国のイワン・フョードロヴィチ・カラマーゾフを観に行くぞ~~!!!!
 ということで、遂に生ブラザーズカラマーゾフ観劇に向けて動き始めました。

 ちなみに超蛇足ですが、この時期には遂に念願の学習机を狭い1Kの家の隙間に滑り込ませることにも成功しました。可愛い空間なので見て下さい。

5 韓国のイワン・カラマーゾフに会いに行く
 わたしの身の回りにも、元々のドストエフスキーオタク始め、韓国ミュージカル「ブラザーズカラマーゾフ」のファンは多いのですが、今回は待ちに待った再演と言うこともあり渡韓して観劇するという人も多かったです。
 でも、みんな一人で行ったよね。
「なんか、一緒に行ったりしないんですね!?」と周りの方から声を掛けられたりもしましたが、上手く予定合わないし……でも行きたい気持ちは止められないのでもう各々一人で行きます、俺の骨は拾ってくれよなって感じでした。
 わたしも日頃の勤務態度の良さが幸いして無事に連休が取れ、死に物狂いのチケッティングも何とかなり、遂に!!! 遂に、本年五月に観て参りました。
 なお、詳細については別記事があるので、興味があるかたはそれをご覧下さい。

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 在韓中に四回観てきたんですが、すごく良かったです。
 基本的にトリプルキャスト起用で、つまり三人の韓国のイワン・カラマーゾフに会うことが出来たのですが、本当に感無量でした。
 『カラマーゾフの兄弟』と言えば、ロシアで1879年に文芸雑誌で連載が開始され、翌1880年に単行本が出版されたという作品です。それが約150年後に翻案作品として、キャラクターが三次元で生き生きと動いて歌うミュージカル作品として目の前に出現している幸福といったら……幸福といったら!!!!
 生きてるといいことがある。
 なお、今回の再演のイワン・カラマーゾフを下記に紹介しておきます。
1 キム・ジェボムさん(通称ボムワン。前回からの続投。演技が細やかで上手すぎる。非常に繊細なイワンを表現されており、緊張感がドストエフスキーの文体みたいなので、わたしの周囲からは「うわずり」とも呼ばれている。公演によって優しいイワンバージョンと冷徹なイワンバージョンがある。一人で二種類も……? 有り難うございます)
2 カン・ジョンウさん(通称カンバン。初演でもイワン役をされており、黒ハイネックを着てイワンを演じたことで我々を沸かせていた。足が長い。孤高な感じのするイワンで挑発的で偉そう。めっちゃ立ち姿が格好良くてえっちでよかった。もう一回観たい。えっちだ。有り難うございます)
3 オ・チョンヒョクさん(通称チョンバン。大穴だった。北野武映画に出てきそうなインテリのチンピラみたいなイワン。すごく胡散臭い。新解釈すぎて衝撃的だった。イワンなのに友達が多そう。トリックで山田と上田に成敗されそうなイワンだった。スメルジャコフは付いていく人間をよく考えるように。有り難うございます)

 ちなみに韓国と言えばそう、トレーディングカード文化です。
 韓国のミュージカル公演は三ヶ月くらいあり、集客のためにいろいろ催しなどもあるのですが、わたしが行った時期はちょうど劇中の一場面のトレーディングカードが貰えるというものでした。

 ちなみに、スメイワのトレーディングカードもありました。まさか推しカプのトレーディングカードを手に入れる日が来ようとはね……!!!!!
 もう19世紀露文学がジャンルの人間にとってはNEW WORLDどころか天変地異くらいの衝撃でした。これはわたしの副葬品にします。(なお四回観たので四種類ゲットしました。生きているといいことがある)


 なお、再演に向けて勉強してきた韓国語は役に立ったのか、という話ですが。
 劇中、わたしを混乱に陥れた例の「나의 이반(私のイワン)」の場面で、今度はイワン役のジェボムさんが挟み込んだアドリブがありました。イワンとスメルジャコフの二人の緊張感がマックスに高まった瞬間、イワンがスメルジャコフを抱き締めて言うんです。

 괜찮아…괜찮아. 내가 시킨 거야. 내가 시켰어.
 내가 한 거야. 잘했어…

 ああ、今日まで韓国語を勉強してきて良かっっ…………た!!!!!!
 わたしの耳は確かに台詞を拾い、理解することが出来ました。
 ちなみに原作のネタバレにもなるので、敢えてここでは訳しませんが、上記のシーンは衝撃的で「わたしは一体何を見せられているのか……」と呆然となる勢いでした。というか、会場全体が息を呑んでいるのが分かりました。本当に凄かった。「나의 이반」に匹敵する強火のアドリブ……役者の作品解釈が強すぎるんよ。
 ちなみに「原作のネタバレにもなる」とは書きましたが、原作小説にはこんなシーンはありはしませんからね!!! というかイワン・カラマーゾフはこんなこと言わないですよ。レベルでいうと「飛影はそんなこと言わないbot」くらい言いません。なんですって。でもいいの、同人誌だから……(翻案作品だよ)
 有り難う韓国、有り難うブラザーズカラマーゾフ。オタクは幸せです。
 ということで、めでたくブラザーズカラマーゾフ再演を楽しむことができました。以下は、帰りの飛行機内で感無量になったわたしのツイートです。

(セルフ翻訳)初めてNAVERでブカマを観て、一年半韓国語を勉強して、遂に韓国でブラザーズカラマーゾフを観ることが出来ました。本当に面白くて、必ずまた観たいです。日本では「戯雨(そばえ/こういう漢字表記もあるらしい)という単語があります。日が照っているけど、雨が降っているときの表現です。ブラザーズカラマーゾフのイワンは「戯雨」がよく似合うと思います。この世界で一人で立ち、(ここから次のツイートで切れてますが)雨に濡れている感じ。ブラザーズカラマーゾフTwitterのみなさん、韓国と日本のブカマファンたち、本当に有り難う。また会いましょう!

(今読み返すとじゃっかん間違ってるな……/と思うところに成長を感じることにします)


 
6 これから
 ということで、今年は一つの目標だった韓国でのミュージカル「ブラザーズカラマーゾフ」の観劇を果たした年でした。画面越しで、友人の翻訳を握りしめながら観た作品を海を越えて直に見に行くという体験は、韓国語学習という準備も含めて、非常に有意義でしたし、自分の可能性も広がった気がして非常にいい体験になりました。
 なお、この記事を書いている今、わたしの韓国語学習歴は二年ちょっと。爆速で韓国語をマスターする予定でしたが、未だレベルとしては中級程度で、読みも書きも話すことも聞くことも未だ自由にはできません。
 ネットで検索すると、一年で……とか二年で……という話も出てくるので、そういう方に比べたら別段上達は早くないし、依然伸びしろしかない状態と思います。しかし一方で語学習得には時間がかかる、と言ってくれる記事もあり、個人的にはコツコツ勉強していくしかないな、という気持ちです。
 と言うことで、次のブラザーズカラマーゾフ再演に向けて、元気に勉強を続けたいと思います。勝手な予想ですが、次はジェヨンさんとジュンフィさんが戻ってくる気がするんですよね……だとしたら観たい、何が何でも観たい。その時には、今よりもレベルアップできていたらなと思います。
 なお、「韓国語を趣味にすれば勝算はある」との話を最初にしましたが、今本当に語学の勉強が楽しくて、毎日時間を捻りだしては格闘しています。
 これまでミュージカルの台本を二冊半くらい訳したのですが、元々本が好きなこともあって翻訳作業が本当に面白いんですよね。なので、いつか出版翻訳をしてみたいなあという新たな夢も出来ました。
 来年のチャレンジは、トピック試験を再び受けてみることと、「82年生まれ、キム・ジヨン」の原書読書会に参加することです。頑張れわたし、わたしが応援しています!

 なお、韓国語学習者は多分みんな知ってるんじゃないかな、という韓国の諺があるんですが、非常に好きな諺なので、最後に皆さんに紹介して終わりたいと思います。
 시작이 반이다(シジャギ パニダ/始まりが半分だ)
 何かを始めることは大変だけど、始めるという第一歩を踏み出せたら、もうそれは半分やったも同然だぜ、やったね!!!という感じの力強い言葉です。
 今年何かを新しく好きになった方も、始められた方も、来年そうである方も、出会いや最初のチャレンジの一歩を踏み出せたら、もうそれは半分来たということなんですね。
 やってはみたけど、上手くいかないな……というときにこの言葉を思い出すと、なんだか元気になるのでお薦めです。もう半分も終わってるの? ってなって元気になる。ということで、今年もラスト半月あまりです。残りの半月も、来年もみなさんにとって良い日々になりますように。

  なお今年もわたしは「カラマーゾフの兄弟」の宣伝に余念がありません。

 年末年始のお休みに読まれてみては如何でしょうか? そしてスメイワの感想をわたしに下さい。

 長かった! ここまで読んでくださった方は本当にいるのでしょうか。あなた、あなたは本当に良い人ですね! 今日、あなたにいいことがありますように!

 明日の #ぽっぽアドベント2023 は necomimiさんです。
 トピックがまだ出てないのでどんな記事を読ませて頂けるのか分からないのですが、とても楽しみにしています!

 それでは。

保守的な人間がとんでもなく破天荒な人間を思いがけず好きになってしまって自分でもどうしたらいいか分からないくらいめちゃくちゃになっている歌で学ぶ韓国語中級文法

業者のお兄さんが部屋のエアコンをピカピカにしてくれているあいだ、部屋の隅でミュージカル『レッドブック』の一曲を翻訳し直していたらすごくよかった&中級文法目白押しだったので、自分のためにまとめる記事です。

 ブラウンという真面目で形式ばった保守的な青年が、アンナという台風みたいな女のことを好きになってしまった自分の心境を吐露する曲です。保守的な人間がとんでもなく破天荒な人間を思いがけず好きになってしまって自分でもどうしたらいいか分からないくらいめちゃくちゃにされている、という一生見ていたい様子が凝縮されています。

참 이상한 여자(すごく変な女)

 [브라운/ブラウン]
그러니까 그게...
だから、その……
그게 그러니까, 그... 안나.
それがその、あの……アンナ
그, 아니, 저, 그게...
その、いや、あのそれが……

말도 안되게 뻔뻔하고
話にならないほど図々しくて
믿을 수 없게 솔직해요
信じられないほど率直で
제멋대로 나타나 이리저리 휘젓고
勝手に現れてあちこち掻き回して
터무니없는 말들로 나를 쩔쩔매게 만들죠
根拠のない言葉で僕をめちゃめちゃにするんです

무서울만큼 특이하고
恐ろしいほど変わっていて
지나칠만큼 당돌해요
度を越すほど向こう見ずで
제멋대로 사라져 걱정하게 만들고
勝手にいなくなって心配させて
나를 들었다놨다 정신 못 차리게 만들죠
僕を落ち着かなくさせるんです
생각하면 할수록 괜히 화가 나는 여자
考えれば考えるほど無性に腹が立つ
생각하기 싫어도 계속 떠오르는 여자
考えたくなくてもずっと浮かんでくる女
자꾸만 나를 점점 더 나를
しきりに僕をますます僕を
답답하게 만드는
もどかしくさせる
당황하게 만드는
当惑させる
참 이상한 여자
すごく変な女

또 그 여자가 무슨 짓 했는지 알아요?
また その女が何をしでかしたか分かります?
나 갖고 소설 썼어요!
僕を小説に書いたんです!
나는 나 좋아해서 그런가보다.
僕は(彼女が)僕を好きだからそうなんだろう
그냥 뭐 여자니까. 그게 자연스러운거니까.
ただ何か女性だから それが自然なことだからと
그래서 이해하고 용서하려니까
それで理解して許そうとしたら
그 여자가 뭐라는 줄 알아요?
その女が何て言ったと思います?

[로렐라이 언덕 회원들/ローレライの丘の会員たち]
뭐라 그랬는데요?
なんて言ったの?

[브라운]
내가 아니래!
僕じゃないって!
누가 봐도 난데!
誰が見ても僕なのに!
눈코입 묘사한게 딱 난데, 내가 아니래!
目鼻口、模写してるのはぴったり僕なのに僕じゃないって!

[로렐라이/ローレライ]
그럼 헤어져요.
じゃぁ別れたら

[브라운]
네?
え?

[로렐라이/ローレライ]
그렇게 안 맞으면 안 만나면 되잖아요.
そんなに合わないのなら 会わなければいいじゃない

[브라운]
어, 그렇죠.
そ、そうでしょう
그럼 되는 건데요, 아뇨. 그럴 건데요.
そうなるんですよ、いや、そうなんですが
그게 기분이 너무 이상해요.
それが変な気持ちなんです
싫어하는 건 아니지만
嫌いなんじゃないけれど
좋아하는 건 아니지만
好きなんじゃないけれど
웬일인지 허전해
なんでだか満たされない
머릿속이 복잡해
頭の中が混乱する
지금 뭐할까 궁금해
今なにをしてるのか気になる
나만 이런걸까 서운해
僕だけこうなのかとさみしい

이해하고 싶어도 그게 쉽지 않은 여자
理解したくてもそれが容易でない女
잘해주고 싶어도 내가 필요 없는 여자
よくしてあげたくても僕が必要じゃない女
자꾸만 나를 점점 더 나를
しきりに僕をますます僕を
허전하게 만드는
心細くさせる
서운하게 만드는
さみしくさせる
참 이상한 여자
すごく変な女

이해 받지 못해도 아무렇지 않은 여자
理解されなくてもなんともない女
내가 아니더라도 상처받지 않는 여자
僕じゃなくても傷つかない女

그래서 나를 그렇게 나를
だから僕をこんなに僕を
이상하게 만드는
おかしくさせる
슬퍼지게 만드는
悲しくさせる
참 이상한 여자
すごく変な女
참 이상한 여자
すごく変な女

 

 実際のところ、アンナは本当にブラウンをモデルに小説を書いたつもりはないんだろうと解釈しています。それを踏まえると、ますますブラウンが一人できりきり舞いになっているのが滑稽で切実。あと「別れなさいよ」と言われて、めちゃ動揺するんですが、「いや、お前らまだ付き合うてへんやろ」という観客の微笑ましいツッコミも発生する感じになってるのも上手いな~とおもう。

 

中級文法&単語メモ

# -게 만들다 ~くさせる
# -(으)면 되다 ~すればいい
#(으)느까 ①だから、なので ②してみたら、したら
# -더라도 ~しても、〜したとしても、~としても、~だとしても
# -(ㄹ/ㄴ/은/는) 줄(은) 모르다 [알다]
 ~とは知らない、~とは思わない、~できない、~しようとしない、とても~である
# 動詞+나 보다/形容詞+(ㄴ/은)가 보다
 根拠のある推測の意味 ~のようだ、みたいだ
# 하려(고) ~しようと
# 내가 아니래(라고 해요)①命令の間接話法 ②名詞の間接話法

제멋대로(勝手に)
솔직하다(率直だ)
터무니없다(根拠がない)
뻔뻔하다(図々しい、厚かましい)
서운하다(寂しい、物足りない、残念)
지나치다(度を超す) 
허전하다(満たされない、物足りない、安定しない)
괜히(無性に、やたらに)
당황하다(当惑する)

 

韓国ミュ『ブラザーズカラマーゾフ』より「発作」翻訳

youtu.be

「発作」 スメルジャコフ役/박준휘

こうやって老いた猫を殺したりした
子猫を裂いて連れて歩いたりしてた
人びとの罪を眺めるとき しあわせなんだ
神さまのすべての被造物をあいしている
小さい子供たちをあいしている
子猫たちもあいしている
自分自身に復讐するのは楽しいことだ

わたしが発作を起こすと 誰も悲しい表情を浮かべない
こころが辛くて 不安になるためだ
わたしが理解する 唯一の苦痛さ

わたしの身体から水蒸気が広がってゆれて
ジンッと激烈にねじれて よだれが流れる
信じられないだろうけど それは
爽やかな気分なんだ

人間は神よりも奇跡を信じる存在だ
でも奇跡を信じると 恥ずかしいから
教会へ行く
これはわたしが理解できない 唯一の苦痛さ
信じられないだろうけど 羞恥心は
本当の苦しみなんだ

発作が始まるみたい
わたしの身体の中に悪魔のつば
てんかんがわたしの身体から すべてを流し出す
ジンッと激烈にねじれて よだれが流れる
これはあなたがたとは分かち合えない 唯一の現実
信じられないだろうけど
この身体に息づいている 信仰だから

夜になると身体が 正しい位置に戻ったりする
そうしたらわたしにも分からないけど 涙が流れた
あの夜 父さんを殺したあともそうだった
どうしてわたしは 涙を流したのか
生まれて初めて 涙が流れた
これはわたしが理解しがたい 唯一の苦痛さ

ほんとうなんだ たわごとなんかじゃない

身に触れるもの すべてをだめにしていくカラマーゾフ
この身体がずれるときの 骨々の悲鳴は
わたしの息子たちだから

わたしの肉体から出てゆく身体 発作
ああ、可愛い息子よ スメルジャコフ
おまえにつばを吐いてやる
わたしの肉体から出てゆく身体 発作
これがわたしの創造物でございます
いとしくて限りない わたしの血肉だから

人間は神よりも奇跡を信じる存在だ
だからわたしが奇跡をつくったよ
あなたのたわごとはすてきだけれど あまりに弱い
おまえも神を殺せ 邪魔はしない
あなたはこう言ってくれた
あなたが父さんに一番よく似ている
あなたの期待に背かなかったじゃないか
あなたがカラマーゾフの力を
わたしに教えてくれたから……

初夏の渡韓日記(三日目~五日目)

・病的な興奮から明けて、渡韓三日目の朝。午後九時頃に目覚めたが、明け方午前三時までうめき声を上げホテルの室内をうろつきながら一心不乱にミュージカル観劇の感想をポメラに打ち込んでいたとは思えない爽快さである。旅先で迎える朝っていいよね。

・本日の観劇予定は午後九時からのぶかまのみ。韓国語の先生に「カラマーゾフの兄弟のミュージカルを四回見てきます」と言ったら「四回も観るの!?」と言われたが、四十回は観たい。開演までに大学路に行けば良いので、それまではフリータイム。昨日諦めた国立現代美術館のリベンジと、安国付近の観光を盛り込んだプランで行動する。

 

~安国編~

・安国に到着したのが午前十時半頃である。町並みを見つつ「遅めの朝食でも軽く入れておくかな~」とふらりと食堂に入ってソルロンタンを注文して出てきたのが上である。銀の鉢には白米が山盛りに詰められており「韓国に来たら「「軽く食べる」」がどれほど難しいかとあれほど……!!!!!」と心のなかで自分の目に指を入れた。

日記にたびたび登場している美しい風景は、北村韓屋村のものである。

・正井さんからお薦めされていた北村韓屋村に向かう。韓屋が立ち並ぶ風情ある一角が観光スポットになっているのだが、ドラマや映画でよく見る町並みが凝縮されていて、非常にうつくしい場所である。ただ歩いているだけで楽しく、個人的にお気に入りになった場所のひとつ。気候がよかったのも幸いして、すてきな散歩を満喫した。

・国立現代美術館へと向かう。チケット売り場で「こんにちわ、1名です~」と言ったら特別展のチケットをくれたのだが、なぜだか無料だった。今思うと常用展のたくさんの絵画を逃しており、そっちが有料だったのかもしれないが分からない。おしゃれすぎるチケットを二枚も貰って大はしゃぎのわたし。

・なお、わたしが行ったときの展示は「ゲーム社会」「サスペンスの都市」というふたつの特別展示がなされており、両方すごく面白かった。映像的な芸術が中心で、見て回るだけでも楽しい。観るとたちまち不安定になるような映像芸術をしぬほど浴びてめちゃくちゃ元気になるドストエフスキーオタク。「サスペンスの都市」はスリラーの手法と話法を突き詰めた芸術作品が並んでいた。

・美術品ショップを見ている途中で雨が降り始める。通り雨らしいので、美術館付属のおしゃれなカフェでアイスコーヒーを飲みながらぶかまの翻訳を進める。後半の山場、イワン・フョードロヴィチの『大審問官Ⅰ』を翻訳する。昨日観て、やっぱり推しが頑張っているところだけはしっかり翻訳し直してから観劇しないと勿体ない……!!と思っていたので、集中してやる。『カラマーゾフの兄弟』には後半、それまでは極めて知性派らしく振る舞っていたイワン・フョードロヴィチが裁判という場、公衆の面前でひとりでめちゃくちゃになってしまうという非常に心痛ましくところによりエッチみたいな山場があるので、そこまで翻訳を終える。

・雨が上がって、暫く安国歩きを再開。お洒落な食器屋さんに行ったりお洒落なカフェを覗いたりうろうろしているうちに夕刻に差し掛かったので、安国を出て「乙密台」の水冷麺を食べに行く。

超有名な『乙密台』の水冷麺、非常に繊細でおいしかった。

・今回の旅行は、絶対に水冷麺を食べようと決めていた。ということで、自分が好きそう且つ行きやすそうな店として白羽の矢を立てたのが「乙密台」。餅粉とサツマイモで作ったもちもちの麺と、あっさりした牛出汁のスープが特徴である。味はかなり繊細で薄めなので、わたしのように薄味好みの人間には堪らないだろうが、人によっては水っぽいと感じるかもしれない。とにかく超有名店と聞いていたので構えていたが、午後六時頃に行くと、客はわたし一人であった。冷麺を堪能し、いざ! 大学路に戻り、ぶかまを観に行く。

・キャストが入れ替わり、まったく違ったカラマーゾフ家を観せて頂いてめちゃくちゃ楽しかった。しかしこの回、イワン・フョードロヴィチ役のカン・ジョンウさんがえっちだったことに記憶力の九割が取られてる。今回は「取りあえずミュージカル観劇で双眼鏡が欲しいならコレ買っとけ」と言われているピクセン/アリーナM 8×25を携えて渡韓したのだが、本当に買って置いて良かった。美が鮮明である。

・観劇が終わりホテルに戻るまえに、ホテル横のコンビニで細々したものを買うのがブームになっており、この日もヨーグルト飲料とアイスクリームを購入した。そしてアイスを囓りつつ、深夜まで観てきたものの記録を取る。しかしカンジョンウさんがえっちだったことしか覚えていない。ジョンウさんのイワン、ヴィジュアル、声、立ち振る舞いに役者さんが解釈した高慢で繊細な「イワン」が凝縮されていてよかった。昨日の手直しもしつつ、午前二時には就寝。

 

四日目

・旅行行程のなかで、一番緊張感のある四日目。もともと正午過ぎから眉タトゥーの予約を入れていたのだが、初日に予定していた大劇場ミュージカル『レッドブック』が中止になったことで、ほとんど被るかたちでこのミュージカルの昼公演チケットを取っている。見知らぬ地でのギリギリ行程、燃えますね(燃えない)

・今回行く美容サロンは韓国語教室の先生のお墨付き。ラインから日本語で予約できるなど、日本人向けのサービスも充実していて安心できる。いざ施術! 何度も先生が下書きをして一番良い形を見つけてくれるのだが、わたしは皺眉筋が発達しすぎるため、かなり先生の手を煩わせた。この筋肉、眉をひそめたり眉間に皺を寄せすぎると発達してしまうらしく、如何にわたしが日々険しい顔で生きているのかが分かる。施術自体はカウンセリングも併せて一時間半で終わった。痛みについては、わたしはほんの少しはあったのだが、横の席のお姉さんは「え?本当に今入れてます?本当に?」と何度も確認するくらい痛くなかったようなので、個人差があるようです。

・美眉を手に入れたわたし、鏡を見て大喜び。暫くは水に濡らさないように、などの書注意を受けて、サロンを後にしました。ちなみに、わたしが行ったのはELLE Artmaik(@elleartmake)さんです。渡韓して眉タトゥーの予定があるかたは、是非ご参考に。

・さて、韓国ミュージカル『レッドブック』の開演は午後三時。サロンを出たのは午後二時、現在地から劇場までの所要時間を調べてみると、一時間。ギリッギリだが、射程圏内に入っている。ということで、劇場までダッシュ!!! これ、概念ダッシュだったら良かったのですが、大学路に到着した時点で開演まで十分を切っており、本当に走りました。ふたたび汗みどろになる顔。「ああ、水に濡らしちゃダメって言われたのに……!!!」と思いつつ大学路を滑走しました。

韓国で愛されるミュージカル『レッドブック』、非常にフェミニズム要素の強い作品で面白かった。

・ミュージカル『レッドブック』の舞台は十八世紀のイギリス。アンナという才気ある奔放な女性が官能小説家としての才能を咲かせていく様子を描いたフェミニズム作品で、韓国のオリジナル作である。実は、昨年冬に観に行った『女神様が見ている』と同じ脚本家の作品であり、物語も曲も魅力的で、韓国でも非常に人気が高い。

・これが本当にいい作品だった。女が自分のために働いたり、文章を書いたりすることが異質と見られていた時代。まして自分の身体のことや性欲について物語るなんてとんでもないと見られる世の中を、アンナは悩んだり苦しんだりしつつも、元気に力一杯に生きていく。舞台が十八世紀となっているが、二十一世紀でも未だ残りつづけるミソジニーの問題をかなり脚本に取り入れていて、そういう部分でも見応えがある。またこの作品は、アンナが「自分とは何か?」を問い続ける作品でもあり、本当に曲を聴くだけでも涙が出るような名曲がたくさんある。ちなみに、作中で登場する女達の文芸サークル「ローレライの丘」にまつわる挨拶曲が好きすぎてブログに翻訳を投稿したので、また興味があるかたは併せて聞いてみて下さい。

 

kakari01.hatenablog.com

 

・ぶかままで時間を潰すために、再びおしゃれなカフェに。ここのフルーツショートケーキがすごく美味しかった。レッドブックの余韻に浸りつつ、遂に最後の観劇となった本日のぶかまに向けて精神を整えていく。……はずだったのだが、カフェを出るころに頭痛の気配を察知してじゃっかん焦ることになる。

・当然、頭痛持ちのわたしは日本から頭痛薬を持って来ているのだが、つめが甘いのですべてトランクの中である(持って来た意味ある?)韓国の薬局は日本のドラッグストアとは少し勝手が違うので、コンビニでお菓子を買うようにはたぶん頭痛薬を買えない。ということでネット検索をしてみたのだが、どっこい、なんと韓国にはコンビニで頭痛薬が買えるということが分かった。ということでコンビニに走り、事なきを得た。

・観劇前に、日本からフォロワーさんが観劇に来られているというので待ち合わせてご挨拶する。初演からぶかまをご覧になられているとのことで、そのへんの話もいろいろ聞かせて頂いて本当にたのしかった。わたしが無事に韓国に来てミュージカルを見られているのも、韓ミュ沼の先輩方がいつも親切に導いてくださっているからである。この場を借りて、本当にお礼をお伝えしたい……有り難うございます!!!!

・最終日ぶかま、癖が強くて楽しかった。こんな胡散臭いイワン・フョードロヴィチ、初めて見た…。ドストエフスキーの作品のなかで、クソ野郎共の地獄の祭典ライトノベル『悪霊』という作品があるのだが、そこでも十分やっていけそうな人材であった。

 

五日目(おまけ)

・この日は帰国日。余裕を持って空港に向かう。ちなみにこの日、月一で参加しているオンラインのドストエフスキー読書会の開催日と被っており、いかなるドストエフスキーチャンスも逃がしたくないわたしは、仁川空港から参加することになっていた。

・仁川国際の四階はオープンカフェスペースになっている。韓屋っぽいスタイルのお洒落なカフェスペースで、わたしが行ったときは殆ど混んでいなかった。デカいカフェオレを購入し、長時間いても目立たなそうな場所を確保し、ZOOMに繋いだ。この日は『虐げられた人々』についての読書会だったのだが、非常に充実した二時間四十分を過ごせた(長い)ドストエフスキーを読んでみたいけど、何から読んだら良いか……というひとは『虐げられた人々』がお薦めです。おれのネリーが良すぎるから読んでくれ。

・ということで、韓国とドストエフスキーを堪能した渡韓旅行となりました。応援していてくださった皆さま、本当に有り難うございます。今から、次のぶかま再演に向けて韓国語をムキムキにしておきたいと思います!!!

初夏の渡韓日記(二日目)

 さあ、渡韓二日目。今日はついに待ちに待った『ブラザーズカラマーゾフ』の初観劇日である。たっぷりと睡眠を取り、当然目覚めは最高~と言いたいところであったが、起きた瞬間から過度の緊張感が全身を走っており、なんとなく尋常でなかった。なんだか感覚が浮世離れし、自分がどこにいるのか胡乱である。目覚めから「今日のわたしは多分一日中ぽんこつだな……」と確信せざるを得ない離人感すらあった。

 大学路のミュージカルは、平日でも午後八時くらいから演目があり、仕事帰りに映画のように楽しむことができる。しかし、今日は平日にも関わらず我らがぶかまにおいては昼公演もあり、一日に二回も観られる。当然両方のチケットを押さえたのだが、午前中は国立現代美術館に行く予定であった。わたしは現代美術が好きである。ということで、取りあえず支度を始める。昨日買った化粧品も早速封を開けて使ってみる。めちゃくちゃ可愛い色~~!!!などと昨日の喜びを再び手に取り、途中までは順調に身支度を進めていたのだが、次第に暗雲がこころに立ちこめ始める。「わたしったらまた……また性懲りもなく資本主義に加担してしまった……!!!!」(突然の鬱)

 わたしはこの世の諸悪の大きな部分に資本主義があると思い嫌悪しているが、反面買い物が好きだしブランドものも好きである。この言いようもない板挟みに日々苦しんでいるのだが、未だに均衡を取れないでいるし、落ち着けるところを見いだせる気配も無い。みなさんは一体どうしてるんだ……資本主義を嫌悪するアズール・アーシェングロ推し推しの人間は一体どうやって生活してるんですか?

 ということで己の人間としての芯の通らなさと罪深さに打たれ、朝っぱらから一人で凄まじいテンションのHIGE&LOWに翻弄されながら身支度を終わらせた。しかしこの時点でいつもに増して現実認識を的確に行い自分のあたまの舵を取る能力が失われていることが明らかだったので、午前中の予定を変更する。今この状態で、異国の知らんところに行って、決められた時間に決められた場所に戻ってくる能力が自分にあるとは思えない。今思い出しても賢明な判断である。人間、三十も半ばになってくると自分のことがそれなりに分かってくるのだろう。ということで、昼前に大学路に直行する計画に変更し、後半に差し掛かりつつあるぶかまの翻訳をホテルで進めた。

 

~大学路編~

 さて、二度目の大学路である。大学路は学生と芸術の街。それに伴い、お洒落なカフェや飲食店、ショップなども多い活気あって(それでいて繁華街とも違う感じがある)とても好きな場所だ。友人から、劇場近くに素敵な焼き菓子屋さんがあると聞いていたので、そちらに向かう。

 劇場から程近くにあるこちらのお店、すごく可愛くて美味しい焼き菓子屋さんだった。昨日の食事が重くのしかかり、朝食は抜いたのだが、そのぶん美味しく食べられた。あと韓国はアイスコーヒーといえばアメリカーノなのだが、あっさりしてて飲みやすく、とても良かった。ちいさなお店で、横には若い女性二人組のお客さんが座っていて楽しそうに話し込んでいる。どれくらい会話が聞き取れるのかと思って、ちょっと耳をそばだててみたが、なんせスピードが鬼のように速い。関西人のわたしでもついて行けない早口なので、時折入る「やば、めちゃウケる~」「それウケるんだけど?」という合いの手などを聞き取るのが精一杯で話の内容まではしっかり分からなかった。やっぱりリスニングな~~~~~(溜息)と思いながら、美味しい焼き菓子を食べ、ぶかまの翻訳を進めた(常に持ち歩くオタク)  

「一生覚えていよう……」と思って撮影したyes24の劇場。入るとすごいお香の匂いがすると渡韓した周囲のオタク達の間で話題になった。

 開演三十分前になり、遂に行くか……と劇場に向かう。緊張感でもう何が何だか分からない。身も世も無いってこういう状態のことを言うんだろうなと思いながら、NAVERアプリで無事に劇場に着く(ちなみにカフェに行く前にちゃんと一度場所を確かめておいた)。しかし、到着してみると、何故か劇場が閉まっている。居るはずの他のお客さんの姿も全く見えない。「どうもおかしい……でも大抵こういう場合、おかしいのはわたしの方なんだよな……(経験)」と思いながら確認してみると、なんと二時からと思っていた昼公演は四時からであった。夕方からやないか!!!!

 またしても自分から煮え湯を飲まされてしまった……と思いつつも、公演に遅れたわけではなく、まして一人旅なので傷は浅い。「自由時間が増えちゃったな~!!」という気持ちで前向きに大学路観光を楽しむことにする。大学路といえば梨花洞壁画村が有名で、たびたびドラマや映画の撮影にも使われている。まだ行ったことがない壁画村に行ってみてもいいなあと思いながらも、今回はマロニエ公園にあるアルコ美術館に行くことにする。現代美術が展示してある美術館なのだが、非常にゆったりした展示方法で作品数もそんなに多くない。うつくしく、また独創的で面白い作品をじっくり楽しむことが出来てめちゃくちゃ堪能した。そしてなんと無料であった。今後、大学路をミュージカル観劇で訪れるひとは、マロニエ公園と併せて是非遊びに行ってほしい。

 ファンシー雑貨屋さんや服屋さんも多くて、いろいろ眺めて回る。最近、新しい韓国語塾に行き始めたのだが、めちゃくちゃ喉が渇くので水筒が欲しいな……と思っていたところ、可愛いのを見つけたので目星を付けておいた。これは実際に買ったもので、16000ウォンくらいだったと思う。こういうカラーを見るとすごく「韓国っぽい」と感じます。この人間、朝に懺悔までしたのにまた買い物を……。

 そうこうしているうちに、『ブラザーズカラマーゾフ』の開演が近づいてきたので劇場へ。年末に渡韓したのは、いずれ来るだろうぶかま再演時の予習を兼ねてだったのだが、まさかこんなに早く本番が来るとは……と思いつつ、窓口で公演チケットを引き換えて貰う。日本のパソコン画面越しに『ブラザーズカラマーゾフ』に衝突し、わけもわからない病的な興奮にたたき落とされてから一年半あまり。遂に目の前で生のミュージカル観劇を果たす緊張感と共に、今日に至るまでの日々が思い起こされる。ぶかまを理解したく、ついでにその二次創作やオタクの感想を理解したくて始めた韓国語は、渡韓前に計算してみたら一年半でおよそ六百時間から六百五十時間くらいは勉強していた。いまだによわよわ韓国語しか身に付けられていないものの、ぶかま衝撃時にはハングルなんて一文字も読めなかったわけで、「人間にはいろんな可能性があるんだな……」という気持ちにさせられる。

 ちなみに、韓国版ミュージカルは一つの演目につき三ヶ月くらい公演したりするのだが、客足を長く伸ばすために色々工夫を凝らしたりしている。わたしが行った期間は、偶然にもチケットと一緒に劇中場面のトレーディングカードが貰える期間であった。そして謎に付いていたわたしは、キム・ジェボムさん演じるイワン・フョードロヴィチの美麗なトレーディングカードを手に入れることが出来た。わたしのオタクジャンルはドストエフスキーであり、とりわけ中でも『カラマーゾフの兄弟』を偏愛している。つまり十九世紀ロシア文学ジャンルの人間でもあるわけなのだが、このトレーディングを見た瞬間「二十一世紀にはこんなものが貰えるんだ……」としみじみと感動してしまった。『カラマーゾフの兄弟』発表から約百五十年、イワン・フョードロヴィチ推しの人間はたぶん世界中に過去も今もめちゃくちゃいた(いる)と思うのだが、「いまわたしは二十一世紀の韓国でこんなトレーディングカードを貰いましてよ~~!!!」と百五十年間の間に存在したであろう世界各国のイワン推しの人々にめちゃくちゃ自慢しました。自慢の規模がでかい。

kakari01.hatenablog.com

 公演の感想は別記事にまとめてあるので、気になる方はそちらをどうぞ。

 さて公演後、当然ふらふらになりながら劇場を出たわたしを迎えてくださったのは、韓ミュ友人のイ・ランさんである。前回の渡韓でたいへんお世話になったのだが、今回も渡韓のタイミングに合わせて一緒に遊んで頂くことになった。昼公演が終わったあとにお会いする約束になっており、「初ぶかま観劇を終えて、めちゃくちゃになっているオタクを是非ご覧下さい~」などとのたまっていたのだが、言葉どおりめちゃくちゃになっているわたしを優しく迎えていろいろ話を聞いてくださった。

すごくお洒落で美味しい焼き肉やさんだった。こんなスタイルもあるんだ……!と感動。

 「何か食べたいものありますか?」と事前に聞いて下さったイ・ランさんに「サムギョプサルが食べたいです!!」と元気に返していたのですが、めちゃくちゃお洒落なお店を予約してくださっていた。観劇前ですし、服に匂いが付くのもあれかなと思って今回は事前に焼いて出てくるタイプのお店にしてみました、と素晴らしい心遣いを頂いて上のお店に連れて行ってもらったのですが、めちゃくちゃ美味しかったです。わたしが良く知るサンチュではなく、業者ニンニクの葉を付け込んだもの(写真一番左)に巻いて食べるのも良くて、これがとびきり美味しかった。韓国で生でぶかまを見て、友達とその直後に感想などを話しながら食べるサムギョプサル、そんなのさいこうに決まってるじゃないですか!! テンジャンチゲも凄く美味しくて、お腹いっぱいになりました。そしてこのとき、イ・ランさんから「以前はジェヨンさんのイワンのカードしかお渡ししてなかったので……」とぶかま2021公開時の入場特典のトレーディングカードの束を頂いてしまったので、輪を掛けてこころがめちゃくちゃになった。韓国にはカラマーゾフの兄弟トレーディングカードが何枚あるんですか!!? 汚さないように拝見して、大切にしまいました。あまりに美……副葬品が増える……(あの世にまで持って行こうとするオタク)

 昼の劇場があまりに寒かったので、劇場近くの服屋で急遽ジャケットを買うことにする。38000ウォンくらいだったかな? 七分袖のジャケットでメンズライクな格好良いデザインが気に入っている。生地もざりっと夏物っぽくて、帰国してからもよく着ています。今回の渡韓では購入した洋服はこれ一着だったと思う。たぶん。

 夜公演はアリョーシャだけ入れ替えたキャスト。2021年版でもイワンを演じたジェボムさんは大人気で、この回は本当にいい席を確保するのが大変だった。感想記事にも書きましたが、この公演回は役者さんが二人で作り上げたと思しき、わたしの推しCPスメイワが死んだお父さんの棺の上でいちゃいちゃするシーンがあって(語弊)観劇後、本当にもうだめになってしまいました。こんなの……こんなの原作にもぶかまの脚本にもAO3にもpixivにもポスタイプ(韓国のpixiv)にもFOFTER(中国のpixiv)にもないよ……!!!!(泣いた)(脚本にすらないものを見せられるオタクの心境お察しください)

 観劇後は、イ・ランさんの案内で二人で修道院バーに足を運んだ。『修道院』という名前のとおり、修道院と酒をコンセプトにしたお洒落なバーである。ちなみに店内が殆ど暗闇に近く、蝋燭の明かりを頼りに酒を飲み話を交わす……という、何だかただならぬ雰囲気の店でもある。

 Twitterでも紹介したが、ここではカルメル修道院で作られていたという300年前のレシピを再現したベルギービールを飲むことが出来る。いちじくのパンを肴に、イ・ランさんと共にお互いに今見てきたものに付いて確認し合うように色々話し合った。めちゃくちゃ楽しかったのは、言うまでもない。韓国ミュージカルは一役にキャストが三人いるのも珍しくなく、また同キャストでも公演毎に演技や解釈を変えてきたりするので、映画のように感想を分け合うのは少し難しい。「だからつい「わたしのときはこうだった」「わたしのときはこうだった」みたいになるんですよね~」というイ・ランさんの言葉にさもありなんという気持ちになりつつ(当然それも楽しいのだが)、こうして衝撃の一回をいろいろお話しできるなんて、素晴らしく幸福だな……と思ったりしていた。

 とてもお世話になったイ・ランさんと別れて、ホテルに戻る。そして、風呂に入った後、ホテル横で買ったジュースを飲みつつ、日本から持ってきたポメラに猛然と今日見てきた二公演の内容を書き綴るオタクと化す。語学を始めたわたしは、初めて「忘却曲線」と言うものを知った。明日にはまた新しい公演が重ねられるし、だんだん記憶は混じり、薄れていくだろう。なるべく鮮明なうちに……残して!!!未来のわたしのために!!! と死に物狂いで書いていったが、途中で病的な興奮に襲われて部屋を歩き回ったりしたので午前三時くらいまでかかった。

 寝る前にTwitterを見ると、韓国のオタクが「イワンとスメルジャコフが抱き合っていた」「頭を撫でていたんだけど?」「みんな大丈夫?」とうわごとのように呟いていて、わたしは「夢じゃなかった……」「生きてると良いことがある……」と思いながら就寝した。

 生きていると良いことがある!!!(三日目に続く)

 

初夏の渡韓日記(1日目 ~明洞編~)

 

北村韓屋村の美しい町並みだが、不穏な韓国ドラマを観すぎてるので、坂の上から黒塗りの車が今にも走ってきそうと思ってしまう。


 韓国でミュージカル『ブラザーズ・カラマーゾフ』が行われているのを知ってから約一年半あまり、遂にやって来た再演の知らせに韓国に駆けつけたオタクの日記です。仕事の都合を付けるのが大変だったり、未だコロナが流行するなかであしげく海外旅行に行ってええんか的な気持ちが湧いたり、いろいろありましたが総括すると本当に楽しかったし行って良かったです。毎度の如く自分の記録的な日記ですが、ご笑覧頂けたら幸いです。

 

一日目

関西空港仁川国際空港までの道のりは、二度目と言うこともあって割とスムーズにいった。しかしわたしは今回、『ブラザーズカラマーゾフ』と『レッドブック』という二作品のミュージカルを観るべく予習をしていたが、意気込んで「ブラザーズカラマーゾフ」を頭から翻訳し直し始めたところ、結局すべては終わらず。もうこれは旅行中に出来るところまでやるしかない、ということで、電車の中でも空港の中でも機内の中でもひたすら紙束に何かを書き殴り続ける怪しいやつになっていた。

・二時間くらいのフライト、初めての渡韓時と比べて何故か異様に集中力が増し、ドストエフスキー『虐げられた人々』を読み終えてから翻訳作業も進められて有意義なフライト時間を過ごす。こんなに集中できるんだったら週一でフライトしたい……と思いながら飛行機を降りた(多分病的な興奮が過集中を呼んだだけ)

・実は一日目の夜公演に『レッドブック』を観るつもりだったのに、コロナの関係で三日間の公演が中止になることが事前に判明。もし観られるとしたら、在韓最終日の昼公演しかない! しかし昼には重要な予定がある! どうする、わたし! となるも、既に作中曲を翻訳し、観てもないのに作品の精神性に心を打たれファンになっていたわたしは「無理だったら無理だったときに考えよう」ということで、最終日の昼公演チケットを取得。緻密な計画を立てても実行する能力が無いので、計画はザルでも大丈夫なタイプです。

・今回は同じ失敗を繰り返さない!ということで無事に高速特急に乗り、多くの観光客がやるように乗り換え改札でまごつき、とはいえ何とかホテルのある東大門に到着。今回は韓ミュオタク御用達(だと勝手に思っている)東横イン東大門2に宿泊拠点を定めた。何かあっても安心、日本語が通じる!とはいえ、折角なので頑張ってチェックインは韓国語でやりました。最初、受付の方も気を遣って日本語で話してくれましたが、わたしが頑なに韓国語で返事するので「頑張るつもりだな……」と悟ったらしく、途中からゆっくり、やさしい韓国語で返してくれました。お姉さん、有り難う……

東横イン東大門2の部屋。それとなく韓国風のインテリアになっているのが面白かった。

・一日目の午後の予定がなくなったので、ここでもう買い物をめちゃくちゃしちまおう、ということになり明洞に向かう。今回の明洞の目標は「明洞餃子のカルグクス」「屋台食べ歩き」「オリーブヤングで爆買いをする」「あの靴を買う」「会社用の土産を済ます」の五項目です!!!(欲張る)

 

~明洞編~

以前食べて美味しかったので再来した「明洞餃子」

・高速特急に乗った時点で、めちゃくちゃ空腹でした。思えば、昼食を食べてないんだったな……と思ったわたしは、屋台の前に軽く麺でも啜っておくか、と思い前回食べて美味しかった「明洞餃子」へ足を運んだ。韓国の食堂に入って「軽く食べる」ことがどんなに難しいと思ってるんだ、愚か者め!!! と今のわたしなら目の中に指を入れてやるところですが、当時のわたしは未だ韓国レベルが1なので空腹のまま食堂に入り、もうお腹に一切何も入らない……という状態になって店を出ました。美味しかった!!!

・買い物をしながらお腹を空かせよう、ということで韓国コスメが好きな人間は絶対に行くコスメ系ドラッグストア「オリーブヤング」に行って買い物を堪能。日本では発売してない商品などもあり、そういうものを掘り出し始めるともう楽しすぎて脳汁が飛び散ってしまうこと間違いない。わたしはコロナの感染流行くらいを境目に、デパコスから安価で質の良い韓国コスメへと沼を乗り換えたわけですが、本当に韓国の化粧品は安くて楽しくて質が良くていい……ということで、基礎化粧品を筆頭に本当にめちゃくちゃ買いました。買った。ありがとう。推しのデイリーフェイスパックが1+1だったので二セットも買ってしまった。待て、このデカい箱を四つも持てと?(持てました)

・ついでに、「あの靴」を買いに正規店まで行く。自分がよく知っていると思っていた靴メーカーに大人の事情があるのを最近になって知ったのでした。海外版は中敷きがふわふわでめちゃくちゃ履きやすくて感動。欲しかった厚底のモデルを購入した。

・スーパーにも行き、職場と家族用のお土産を買う。ばらまき用ならスーパーのお菓子で十分だろう、ということで韓国海苔と鉄板「マーケットオー」のブラウニーを購入。念のため百貨店にも行ったけど、やっぱりスーパーのほうが安価で量が多くて小分け向けのお菓子が売っていると思う。ちなみに、ブラウニーは色んな人から「なんかあの貰ったブラウニーめちゃ美味しかったんだけど」と声をかけられたので今後も会社用のお土産はこれにしよう決めました。

 

・あまりに真剣に且つ大量に楽しく買い物をしすぎて、自分が一瞬何のために渡韓したのか忘れそうになる。買い物三昧をしているうちにお腹が空いてきたので、屋台を見て回ることに。以前の渡韓では食べられなかったホットクの屋台を見つけたので購入。わたしが初めてホットクという食べ物を知ったのは、日本の韓国侵略時代を舞台にした映画『マルモイ ことばあつめ』という映画で、印象的な食べ物として登場します。

・生フルーツに飴をかけた「タンフル」というスイーツ。日本でいういちご飴に近しいお菓子で、甘酸っぱい果実と飴の甘さがたまらなく美味しかった。

・屋台で買ったものを食べながら、明洞の町並みを観ていると「韓国に来たんだな」という情感で胸がいっぱいになる。そして胃も果てしなく重い。なぜわたしはカルグクスを真っ先に食べてしまったのか。しかし意地を発揮し、あと二つくらいなにか食べたと思うけどもう思い出せない……。その後、床から天井まで壁一面に可愛いアクセサリーが貼り付けられているアクセサリー屋さんで最高にイヤリングを購入したりとまだしぶとく買い物を続け、最後にメロンの生ジュースを流し込み、ホテルに戻る。

・ホテルでぶかまの翻訳を進めるも、途中で疲れ果てて就寝。明日は遂にミュージカル『ブラザーズカラマーゾフ』を生で見れる~!! ということで、興奮して眠れないかと思っていたけど秒で寝た。

・ということで、二日目に続く!!! →

韓国ミュージカル『ブラザーズカラマーゾフ』感想四連単

今回『ブラザーズカラマーゾフ』が公演されたYES24劇場の入口。韓国のブロードウェイともいうべき大学路には、こういう劇場が町中に溢れていて年中多くの作品が上映されている。

 日本という小さな島国で密やかに生活するドストエフスキーオタクのわたし、かかり真魚が韓国ミュージカル『ブラザーズカラマーゾフ』に激突してから一年半あまり。

 病的な興奮に苛まれ眠れなくなり、SNSに挙がり続けるファンアートや感想を翻訳機に掛けて貪り読む傍らハングルを覚え始め、自分でも何が何だかわからない高速回転を続けるさなか思いがけず早々にやって来た再演を迎え、よわよわ韓国語を握りしめ単独で渡韓して遂に、現地で四公演観劇したときの感想をまとめました。

 嘘です、まとまってない。人間には言語化してまとめられない情動がある。しかし観るたびに「わたしは一体何を見せられてるんだ……」と圧巻された空気感と、観たものをなるべく未来の自分のために記して残してあげたいという気持ちで記事を書きました。もっと詳細に自分の感情に分け入って書けたら良かったけど、基本的には観たものを書き付けているだけの感じです。また、観劇後にホテルに帰り、深夜までポメラですごい勢いでぶつけた文章をちょっと直しただけのやつなので所々読みにくいかもしれませんが、オタクの病的な興奮の振動と思ってご了承ください。

 ここまで書いておいてあれですが、基本的には自分用です。当然ながら、原作小説のネタバレもありますのでご注意ください。

 

17日昼公演

キャスト:キム・ジュホ、チュエ・ホスン、キム・ジェボム、チョン・チェファン、キム・リヒョン

17日昼キャスト。記念すべき初回、2021年版から引継ぎのジェボムさんのイワンが楽しみすぎて公演時間を間違え、二時間も早く劇場に到着してしまった。

 一階席真ん中の席で観た。すごく良い席、そして想像以上に舞台に近くて興奮がやばい。基本的にイエス24の座席はどこも観やすかった。
 舞台中央にフョードルの棺。向かって右側にドミトリーの房、アリョーシャのいる修道院、左側にイワンの部屋、地下室のスメルジャコフの部屋が配置されている。なおこの配置、場面によって実際彼らがいる場所になったり、一方そのころ……という演出に使われたり、概念空間になったりと非常に多面的に機能することになる。セット自体がものすごく綺麗だった。

 青白く舞台が染まり。中央口から兄弟たちが出てくる。ヒョードルの棺の周りをぐるりと回って定位置につく。リヒョンさんのスメルジャコフが一番最初に入って来るのだが、ひどい猫背で驚く。もっとかわいらしいスメルジャコフを想像していたんだけど、結構不穏な感じがする。
 赤いガウンを羽織ったヒョードルが上手側から登場。
 ぶかまのヒョードルの赤いガウン、多分原作の赤い包帯から来てるんだろうと思う。全体的に青白い舞台なので凄く映えてよい。

 冒頭のアリョーシャ持ち曲『まだ愛せると言うこと』。今公演からは、最初と途中で教会の鐘の音が鳴る改変があるようだ。ジェファンさんのアリョーシャは低めの声で歌い、背も高いためか意志がしっかりしているイメージを受ける。「離れていても僕たちは兄弟だ」のところで、三隅にいる他の兄弟に光りが当たる。格好良い演出。繊細さというよりかは安定があり、歌詞の中心となる言葉「弱いということは、まだ愛せると言うこと」の指す弱さにも割と度量が感じられる。

 ドミトリーが父殺しの容疑を掛けられ、逮捕前にする演説。
 ホスンさんのドミトリーは朗らかで、あまり大声を張らない。少し笑いながら、間合いを取りながら話す。ぶかまのドミトリー・フョードロウィチは原作のミーチャとは系統が違い、軍人気質が前に出た雄々しいイメージがあるのだが、ホスンさんのドミトリーはあの原作のあずまやで、もしくはモークロエで出会うことが出来る我々のミーチャを彷彿させる。「俺はそんな男だ」も幾らかの剽軽さと自嘲が籠もっている。すごくいい。アリョーシャとのやりとりも良かった。揺らぎの少ないアリョーシャと、彼に「僕は兄さんを信じる」と言われて心底うれしそうにするミーチャの様子に「わたしが見たかったのはこれ……!」という気持ちになる。もはや原作の枕のくだりまで一気に見えるような、そんな感じのミーチャだった。

 ジェボムさんのイワン。2021年版で見ていたが、全然演技が違う。今回のボブワンはすべてに倦み疲れ、擦り切れ、心を閉ざし、苛立っているイワン・フョードロヴィチ。冒頭から一貫して、アリョーシャに対する言葉は、目の前の人間と会話をする気があるのかと思うほど早口で、投げやりで、義務的。全く目を合わせない。抑揚を欠く投げつけるような大審門官の朗読はさることながら、「兄さんも救われるよ」というアリョーシャの言葉に、こんなに無感動なイワンがこれまでいただろうかというほど冷たい。痛ましい顔もしなければ、嘲笑いもしない、思うところがあるような含みさえなく、ただ無反応。この公演では、イワンとアリョーシャのあいだで感情が行き来することが本当に最後になるまで訪れなかった。

 スメルジャコフ。リヒョンさんのスメルジャコフを可愛いタイプだと思っていたので、どこか狂気走った演技に胸が騒然となる。イワン・フョードロウィチの狂ファンというかんじが全開にになったスメルジャコフで、始終怖かった。
 ぶかまには、フョードルの死に化粧を長男ドミトリーに変わってイワンが行い、その白粉を拭うためのハンカチをスメルジャコフに求めるシーンがある。いわゆるスメイワ美味しい場面のひとつであるが、リヒョンスメルは両膝を付いて、まるで捧げ物のようにハンカチを手渡す。大体、みんなそういう感じではあるけど、両膝までついているスメルジャコフは初めて観た。イワンが喋っているとき、横で聞きながらゆっくりと広角が上がっていくリヒョンスメル。こええよ。
 イワンの話に触発されるようにスメルジャコフが悪魔の話をしたとき、「悪魔を見たことがあるのか?悪魔なんていっちゃだめだ、誰も見たことがないんだから」と言いながら、何も知らない子供をあやすみたいにボブワンがスメルジャコフの頭を撫でる。
 撫で……????
 わたしがマクゴナガル先生だったらスメイワに3000点をあげただろうが、マグゴナガル先生ではないので暗闇で静かにきわめて行儀よく興奮するしかない。この回のボブワンは、スメルジャコフよりも寧ろ一貫してアリョーシャに冷たかった。
 リヒョンスメルは動作が大仰で、イワンの論文の台詞を両手を広げ、舞台を移動しながら暗唱する。演技っぽい仕草にフョードルみがある。17日昼公演では、動作が大仰だったのがフョードル、アリョーシャ、スメルジャコフの三人なのが面白かった。アリョスメ、めちゃくちゃ仲悪いのに動作の癖がそろってお父さんに似てるんだな。

 スメイワの「賢い人とはちょっと話しても面白い」を凝縮した楽曲『水蒸気』。
 リヒョンスメルがイワンを好きすぎて、スメイワ歴十年のわたしでも鼻白むほどのやばさが炸裂している。思想を分けてくれた相手という距離感というよりは、崇拝、もしくは推し的な感覚に近いのかな……どっちかというと、フジ版ドラマーゾフの最終回みたいなテンションのスメルジャコフ。「私はイワン坊ちゃんが一番好きです」という台詞、あまりにも気持ちが迸りすぎて声がうわずっているじゃないか!!!こわい!!!
 イワンが割と普通に「なんだこいつ……」となっているのに説得力がある。でもまだそこまで冷たくない。今回、イワンがスメルジャコフに「消えろ」と言わないんだな。
 何らかの秘密の共有を示唆し、「私の名前は水蒸気と言う意味だ、水蒸気のように消えないと……」とリヒョンスメルがボブワンの脇を通る。その瞬間、舞台の真ん中ではっと何かに気づいたように棒立ちになるイワン。この瞬間、イワンは直感的に「誰が父親を殺したか」分かっったのだ。このときの演技がすごく良くてびっくりした・・・今までほとんど情というものを見せなかったイワンが初めて大きく揺れた瞬間だった。

 父親への殺意を兄弟全員でお互いに暴き合う喧嘩曲『戯れ言』。
 ちなみに有名な賛美歌が下敷きになっており、とにかく曲がいい。
 この楽曲の前に、イワンがミーチャの独房を訪れて喧嘩するという「原作はそんなシーンありませんけど?」という楽しいシーンがあるのだが(つうかぶかまは大体これ)、イワンがミーチャのところにフョードルの遺灰を持っていくという演出がある。今公演は、本曲のときに、ミーチャが今度はイワンの部屋にそれを撒き返しに行く。えっ、良いなその演出……。
 兄弟たち(特にイワン)が「この体から父親の血を抜いてしまいたい」と歌っているとき、キムフョードルが「そんな願望を表に出しちゃだめ」というようににやにや笑いながら、しーっと指を口元に持って行くのがえっちすぎる仕草でびっくりした。

 イワンとアリョーシャが幼少期の頃の思い出を交換し合う曲『箪笥の中で』。
 ほっそりのあと、舞台の真ん中に声もなくうずくまってしまうアリョーシャ。しきりに怯え、「怖いんだ」と溢しながらもイワンと会話を始めると、表情がやわらかくなっていき、心を開いていくアリョーシャ。ずっと無感動のイワンに心を痛め、何とか救いたいとしている必死さと優しさが見える。しかし相変わらずイワンはアリョーシャを相手にしていない。この箪笥、感情的なイワンを演じるひとはめちゃくちゃ泣いたりするので、今回のボブワンの冷たさは異様な感じもする。アリョーシャのリーズに関する告白にもほとんど無反応。途中、二人はずいぶん離れて座っていたのだが、アリョーシャがイワンの手に自分の手を重ねにいく。しかし、まじで何の反応もないイワン。アリョーシャが兄の地獄に対してなんとか救いはないかと心を痛め、やさしさに苦しみ、骨を折っているのが分かる。

 ミーチャが父に対する遺憾の気持ちを込めて歌う『足のない鳥』のあと、房を訪れたイワンに対して、原作で言うところの「童はなぜ惨めなんだ」にあたる話をする。これまでの自分の行いを悔い、父親の死に関しては無実だけど責任がある、と訴えるドミトリーの様子にその場から逃げ出すイワン。
 ドミトリーの様子を目の当たりにし、遂にスメルジャコフに詰め寄るイワン。
 しかし、今公演のボブワンは既に答えを知っている。この「もうイワンの中では答えがでている」というニュアンスの演技が素晴らしかった。「お前が殺したのか?」「私が殺したんじゃ無いでしょう」「ドミトリーが殺したんだよな」「何を仰ってるんです?」台詞は同じだが、もうすべてを理解しているイワンの、それでもただ聞かずにはいられないから聞いているという切実さに圧巻される。この言語外に伝わる情報の演技力がすごすぎて改めてキムジェボムさんのすごさを実感する。

 スメルジャコフの独白曲、『発作』。
 毎回思うのだが、ぶかまが成功し、誰彼もの胸を焼け野が原にし続ける所以は、やはりこの「発作」の発明に寄るところが大きいだろう。ドストエフスキーは原作小説の中で長尺の独白をあえてスメルジャコフから奪ったが、ぶかまは一時間半という短いミュージカルのなかで、それを彼に返すことで、彼がこの地上で感じる苦痛をまざまざ明らかに表現してみて、観る者を息も詰まるような宙づり状態にする。
 すごく個人的な告白という感じで、誰に向けているわけでもない。虐げられて生きてきた人間の存在の痙攣、震えとしての「「「なぜ」」」という怒りが充満したような演技と歌だった。
 発作の曲のあいだ、イワンはスメルジャコフが載っている棺の横に四つん這いになるように座り込んでいる。「あなたの戯れ言は格好良いけれど余りに弱い」のとき、立ち上がって矢印のように全身でイワンを指すスメルジャコフ。かと思えば、ふいに柔らかくなり、膝をつきイワンに向き合う。「お前も父を殺せ、妨げはしない」「あなたは私にそういってくれた」のときに手を伸ばし、スメルジャコフはうなだれるイワンの頭にそっと触れる。
 楽曲が終わり、倒れ込んで叫ぶスメルジャコフの全身に白い布をかぶせるイワン。
 ボブワンは「俺がやらせたんだ」「俺がやらせた」と口走りながら、布ごとスメルジャコフを抱き起こすような感じになる。えっ起こしてあげるパターンなんだ、優しい……と思っていると、不意にスメルジャコフもイワンの体に手を回し、抱きつくような抱擁になる。「なに……」と思っているうちにスメルジャコフの布は剥がれ、再びイワンの頭に触れるようにして棺の上を降りる。
 今更ですが、これお父さんの棺という舞台装置をつかった台の上でやってるんですけどえっちっすぎないです?
 イワンの目の前で首を括るスメルジャコフ。舞台の狭さと殆ど役者が常に出ずっぱりという異空間めいた舞台構造ゆえの演出だが、これ目の前でやらせんのほんとすごいな。

 イワン・フョードロヴィチの持ち曲「大審問官Ⅰ」。
 ありがとう、これを観に参りました。
 荒廃した砂漠にひとりで立ち続け、誰の言葉にもこころを濡らすことを辞めてしまったようなイワンだったが、今再び疲れた三白眼で天を睨みつけ、自らの苦痛に、世の中の凄惨さに応答しなかった神に対し「袖があるなら振って見ろ」と言わざるを得ないイワンの苦痛が爆発したようなボブワンの歌。かさかさに乾いた寂しい場所に居続けた人間の悲鳴と、もはや「その自らの悲鳴しか愛せない」と神に宣言する痙攣ような歓喜
 もう誰もこのひとに触れないし救えないんじゃないか、と思うほど孤独を感じた大審問官だった。今まで見たイワンで一番荒廃した場所にいるイワンでした。つらい。
 楽曲が終わり、倒れ込んでいるイワン。そんなイワンをみて、あるいはまたイワン以上に心を痛めているアリョーシャ。冒頭のボルゾイの話を再度アリョーシャに向け、「こんな人間でも救われるか?」と聞くイワン。アリョーシャの台詞は決まっているのだが、目の前のイワンに対して「その将軍は、死刑です」と言うのになかなか言葉を紡げない。ものすごく懊悩し、心を痛めて言っている演技。その後のアリョーシャの曲「大審問官Ⅱ」の歌い出しはほとんど泣き声だった。手に十字架を巻き付けている。最後、カラーを置くアリョーシャ。「ひざまづきません」とは言うが、神への問いは芽生えても、最終的に神を捨てることはないんじゃないかというアリョーシャだった。
 舞台の照明、象徴的に巻かれる白煙の演出も生で見ると本当に美しい。
 ほとんど小道具のない舞台なのだが、すべてが過不足なく、それぞれ二重三重の意味を与えられ象徴的に扱われているのも上手いなと改めて感じた。

 

 

17日夜公演

キャスト:キム・ジュホ、チュエ・ホスン、キム・ジェボム、ドンヒョン、キム・リヒョン

スメイワ神回。見たあと深夜三時までホテルの部屋を歩き回ってしまった。

 

 昼間とアリョーシャのキャストさんだけ変更した夜公演。この日は平日にも関わらず、一日に二回も公演があった。ものすごく人気の回で席を取るのが大変だったが、午後公演でボブワンとリメルが揃う回だったからだと思われる。イワンが神に対して向ける視線の延長線上に立つことが出来る、通称「神になれる席」と噂の二階席を確保。二階席もすごく観やすくてよかった。

 ホスンさんのミーチャが「ドミトリー」になってる! 叩きつけるような言葉の話し方で、野蛮さと荒々しさがでている。ぶかま名物のザ・退役軍人ってかんじのドミトリーだった。え、これ昼間のあずまやのミーチャと同じ人が演じてるんだよね……と混乱する。まじでキャストが変わったのかと思った。

 キャストが変わったのかと思ったその2、ボブワン。今回は、同じ言葉でもアリョーシャに向き合い、優しく、ゆっくり、噛んで含めるように話す。「神がいるという証拠がどこにあるんだ?」というとき、両肩に手を回して、まるで信仰に身を捧げる弟を本当に神から返してもらわなきゃと言う感じで喋っている。
 夜公演のボブワンは、彼自身も分かっているというくらいに、本当は神を切望している節があった。つまりアリョーシャに話している「証拠がない」「だから神はいないんだ」というのは、怒りを抱いてもなお救いを求めてしまう自分自身への戒めでもあり、完全な諦めと放棄を自身に促す二重構造の言葉となっている。
 ついでにいうなら、このイワンはドミトリーが父親を殺したのも本当に気の毒がっているようなふしがあり、ただ証拠があるから仕方がないと思っている感じだった。疲れてはいるが優しく、誰よりも繊細なイワン・フョードロウィチ。スメルジャコフへの当たりもやさしい。
 しかし、ボブワンである、父親に対する殺意の表現はどのイワン役の役者に比べてもピカイチの表現力がある。どの場面でも、父に対しては殆ど目を合わせない。フョードルの持ち歌『生を愛せよ』後の、杯の中の砂(ちなみに概念的にフョードルの遺灰である)をこぼすシーンでは、他の二人がさらさら少しずつこぼすのに対して、さっと全部巻いて終わってしまう。お父さんのこと、本当に嫌いなんだね……というのがボブワンは毎回ひしひしと感じられる。
 ぶかまではイワンと悪魔との対話シーンの後、イワンの意識にあちら側が雪崩込むように、布を被せてあるフョードルの死体が動きだし、それをイワンがおびえながら押さえつけるという場面がある。ボブワンは、2021年版で主流だったフョードルの体全体を押さえるという演出ではなく、首を的確に絞めにいく。そしてフョードルが動かなくなって、初めて父の首を絞めた自分の行動に驚いて飛びずさり、恐怖と驚愕を露わにする。

 イワン、ドミトリーの部屋二回目の訪問。イワンはたぶん、ドミトリーの部屋で眼鏡を外している。ということで、このへんからイワン・眼鏡なし・カラマーゾフになる。お昼はずっと掛けたままだったのに……昼夜両方見ているわたしのためにですか、どうもありがとう。
 昼とは違って、スメルジャコフに「お前が父さんを殺したのか?」と聞くときのイワンは、確信がない。ドミトリーなのかスメルジャコフなのか、ずっと揺らいでいる。
 「あなたが殺したんじゃないですか」とスメルジャコフから頬に血を付けられるイワン。リヒョンスメルに対して初めてガチのやばさを感じて慌てている。怯えながら関与を否定するイワン。このときのリヒョンスメルが話の通じ無さに示す「なんでわからないんだ?」「分からないなんてダメなのに……」という台詞の言い方の、よさ~~!!!
 「あなたがわたしにさせたんじゃないか」のくだりから、関与を否定したいイワンはスメルジャコフの首を絞める。基本的に物静かで大人しく、歯をむき出したりしないイワンだったけど、この時は笑みに顔を歪めて必死に締めているという感じ。押さえつけていたあらゆるものへの憎悪や攻撃性が、今スメルジャコフに向かって一気に発露されている。だからスメルジャコフ個人に対する攻撃というニュアンスよりは、意味合いが二重写しになっている感じがある。首締め後、スメルジャコフが動かなくなると素に戻り、しばらく呆然としているが、やがて自分がやったことが染みていくように動揺し始める。顔がふいに優しくなり、弱さとおびえが表情を走る。このとき急に再び動き出したスメルジャコフに腕を捕まれる……そしてスメルジャコフの持ち歌『発作』へ。毎回思うけどこの演出考えた人、本当に天才じゃないです?

 リヒョンさんの『発作』、やはり爆発的なエネルギーがある。「人は神よりも奇跡を信じる存在だ」「だから私が奇跡を作ったんだ!」のところの悲痛さ、彼にそう言わせる苦痛が胸を圧迫する。毎回思うけど凄い歌詞じゃない、やめて……えええん。
 歌い終わり、棺の上に倒れて叫ぶスメルジャコフに布をかぶせるボブワン。なんか2021年版のネイバーで見た三公演は、共犯を叫ぶスメルジャコフを必死に隠そうとして、あるいは黙らせようと布を掛けている感じだったけど、今回のボブワンはどちらかというと彼の苦痛を見ていられなくて布で覆ってあげるという感じがする。激しい演技では無いのに、感情がうわずりのように表情や身体を走って行くボブワンの表現力……。布で覆ってすぐに自分も棺の上に上がり、横たわるスメルジャコフを布ごと抱きしめるイワン。
 先ほど向けられた「あなたがさせたんじゃないか!」という告発を今は自ら認め、スメルジャコフに対して「俺がやらせた」「大丈夫」「大丈夫」とひどく優しい声で、絶え絶えになって繰り返しているイワン。
 するとイワンの背中に腕を回し、ぎこちなくも抱きしめ返すようにして、起きあがってくるスメルジャコフ。お父さんの棺の上で抱き合うスメイワ。
 布が剥がれたあとのリヒョンスメルには、冒頭の狂信的な表情はない。二人はしばらく見つめ合う。ここで二人の中の歯車が噛み合う。リヒョンスメルはボブワンの弱さと苦痛に理解を示したような感じで、そっと、慰めるように静かにイワンの頭を左手で撫でる。不自然にも左手で、やさしく……。
 かつてこんなにこの二人の間に交感があったペアを見たことがなかったのでこの辺から現場のわたしが粉々になってしまったのは言うまでもない。こんな場面、当然原作には無いが、ぶかまの台本にもないのである。いや寧ろ、pixivでもみたことないですけど!!?
 もしかしてこの二人は手を取り合ってこのままフランスに行くんじゃないかと思ったけど、公演時間が一時間三十分しかないのでフランスには行かなかった。スメルジャコフは布を持ち、イワンを置いて棺を降りる。そして、布を横抱きにしてしばらく立っている。なにそれ、ピエタです……?
 自ら首をくくるスメルジャコフ、打ちひしがれるイワン……。そして『大審問官Ⅰ』へ。
 この公演のボブワンの溢れる苦痛、神に対して「なぜ」と問わずにはいわれない悲痛さは物凄かった。ちなみに、やっぱりイワンの『大審門官Ⅰ』はぶかまでいうところの大きなクライマックスなので、客席の皆もちょっと座り直して姿勢を正して見るのが面白い。わかる、こんなイワン・フョードロウィチのソロパートがあったら、ちょっと呼吸を整えないと観れないですよね。
 ボブワン特有の地団駄大審問官、今回は地団駄だけでなく、斜めに倒れ込んで笑い出すところまでフョードルと重ねていてしんどさがしんどい。神を信じたいけれど許容することはできない、その苦痛を今歓喜に変えようというナンバーである大審問官、今回のボブワンはすごく「合っていて」よかった。すごくなんというか、切実で苦しくてうつくしくて良かった。
 裁判シーン。最後のイワンの演説、聞き手に対する先回りの仕方がキムさんのフョードル仕草になっているのとかもしんどくてよかったです。ボブワンは父親のやった仕草や言葉遣いを(無意識の)イワンの演技にかなり強く反映させるんだよね……。「私が父の死をもっとも望みました」と最もをつけているのもよかったです。

 ちなみに、『ブラザーズカラマーゾフ』は、本当にキムさんのヒョードルがいい。2021年版はけっこうイケてる親父でかっこいいフョードルっぽかったのだが、今回はより原作に寄せたフョードル像になっている。髪も白髪が増え、品のない剽軽さが増し、より演技的に、道化的になっている。韓国のミュージカルファンの方に聞いたのだが、キムさんは原作を読み込み、かなり自分で台詞を増やしているらしい。たしかに、キムアッパは「好色な~」にあたるゾシマとの面会シーンで、たぶん他のフョードルの二倍か三倍かはしゃべっている。この台詞の組立が、いわいるドストエフスキー作品の、とりわけカラマーゾフの兄弟に顕著に出てくる詭弁の構造になっていて本当にうまいのだ。聖書や相手の言葉に対する混ぜっ返し方も、ほんとうにすごくフョードルみたいだ。この上手さは、特に2023年版の巧みさはちょっと筆舌しつくしがたい。
 ちなみにこの公演、友人とバーに行き今自分たちが観たものを確かめ合い色々話したけれど、ホテルに帰ってからも正気に戻れなくて午前三時までホテルの部屋を歩き回ってしまった。
 台本は一緒なのに、あまりにも解釈の幅が広すぎるぶかま……こんなの一万回観たって足りないんじゃ無いですか?
 病的な興奮とはこういうことをいうのだろう。おれは今歩きたい気持ちなんだよ!

 

 

18日夜公演

キャスト:シン・チェヒョン、イ・ヒョンフン、カン・ジョンウ、パク・サンヒョク 、イ・ジュニュ

18日夜公演。カン・ジョンウさんのイワン・フョードロヴィチの色気がすごすぎて、観劇で得られる情動のすべてが言語化を迎える前に「えっちだな……」に吸い取られてしまう。

 キャストもガラッと変わった18日夜公演。
 最初に歩いてくるとき、先頭のスメルジャコフがなんかちょっとゆっくりな感じがした。
 シンさんのフョードル登場。生で見るのは初めてなのだが、見始めてすぐに「こういうおっちゃん東大阪にいっぱいおるな……」という気持ちになってきて、わたしのなかで今回のカラマーゾフ家はロシアの東大阪カラマーゾフ家ということになった。
 ヒョンフンさんのドミトリーは長男ぢからが強い。最初の「俺はそんな男だ」まではぶかまっぽいドミトリーなのだが、以降はほどんど声をあらげず、始終もの静かともいえる雰囲気で話す。「お前も俺が親父を殺したと思っているのか?」とアリョーシャに聞くとき、両膝をつくドミトリー。それに併せて、離れたところから急いで近づき、自分も跪いてドミトリーに胸の十字架を渡すアリョーシャ。この演出がよかった。今回のキャストは、割と台詞に間を持たせて、話し始めるまでにちょっと空白がある演技がところどころあった。
 アリョーシャ役のサンヒョクさんを直接見るのは実は二回目で、ミュージカル「種の起源」で青色のほうのハン・ユジンを演じていたのがサンヒョクさんだった。そのときは非常に攻撃的な演技と歌い方で場を盛り上げていた。とにかく声量があって歌がうまくて驚いたのだが、まさかアレクセイをやるなんて。相変わらず歌が巧くてブレない。なおアリョーシャの解釈としては、わりとぶかま正当派という感じで怯えや弱さを前に出したアリョーシャだった。劇中、たびたび発作を起こしていたのが印象的。

 カン・ジョンウさんのイワン・フョードロヴィチ。
 初演で黒ハイネックの高飛車そうな若旦那イワン・フョードロウィチを演じたジョンウさんが戻ってこられると聞いたときは楽しみだったのだが、想像以上になんか……好きでした。
 SNSで写真が流れてくるたびに「えっ今回眼鏡掛けてるんだ……」「めっちゃ良い……」「よもや、わたしの念写じゃないでしょうね」と密かに思い続け、好みすぎてTwitterで事前にあまり騒げなかったほどがち好みのヴィジュアルだったのですが、生で見たら佇まいがすてきすぎてもうむりだった。
 背が高く、姿勢が良く、薄情そうな顔と表情で、所作は静かで丁寧だが高慢さが滲む。家の者と話すときはポケットに手を入れるのが癖、潔癖性で、低い声で話すがややハスキーボイスで、みたいなイワン・フョードロウィチが目の間に現れたら目を覆っちゃわないですか?なんでそんなことするの?(動揺)あしがながい(動揺)
 ここ三年間くらい、イワン・フョードロヴィチは眼鏡なしが良いというブームだったのだが、カンバンのお陰で久々にひっくり返った。

 『何を信じる』アリョーシャとの最初のデュエット、ボブワンに比べるとカンバンはアリョーシャの間に物理的にも距離を取りながら歌っている。かなり淡々としているイメージ。
 カンバンは悪魔とのやりとりが印象的で、基本的にぶかまのイワンは悪魔を煩わしく、もしくは恐れているのだが、カンジョンウさんのイワンは舞台の真ん中に直立し、怯えもせず、寧ろ顎が少し上がって挑発的に話している。イワン・フョードロヴィチ、えっちだろ、やめなさい。
 なおこれらの様子に、「これまでになく所作に余裕がある。これがもしかして、なかおかさん(先に渡韓観劇済み)が言っていた最後まで正気のイワンか?」と身体に力が入った(これは振りです)。
 ちなみに悪魔とのデュエット曲(よく考えなくてもイワンと悪魔のデュエット曲があるミュージカルが最高でないわけがないじゃないですか?)が終わり、布をかぶせた父親が動くところは、すっと首を絞め、大人しくさせて終わりのカンバン。特に罪悪感もなさそうな感じだった。おまえは父殺し職人か?
 ジュニュさんのスメルジャコフは、イワン本人よりかはイワンの思想に興味がある感じ、あるいはイワンの思想を通じてイワンに愛着を持っているという感じ。抑揚の少ない急いた感じで、イワンの思想を話す。
 カンバンは冒頭、あまりスメルジャコフを相手にしてない。スメルジャコフから渡されたハンカチで、おしろいを執拗に手を振いた後、「すでにそうしています」のところでかなり遠くから投げつけて返す。横柄~~!!!
 ちなみに今公演では、ドミトリーとイワンが二人とも物静かで落ち着いている。一回目の訪問の時も、殺し合いかねないくらい喧嘩する組み合わせがあるなかで、彼らは静かな大人っぽいやりとり。ものすごくアダルティーな長男と次男……あらやだ、色っぽいじゃない……。
 ヒョンフンさんのドミトリー、しずかな哀しさが漂っていて堪らない。グルーシェニカを求める曲の切実さが本当に良かった。「彼女がいれば、世界に勝てる」の歌詞のところ、本当にすてきだったな。
 スメイワ曲、『水蒸気』のイワンとスメルジャコフのかみあわなさ。カンバンさんは割と普通にスメルジャコフを「なんだこいつ」と思ってる感じだが、相手にしてないのであまり視界に入ってない。
 とにかくカンバン、不自然なほど姿勢が良いのがいい。ほっそりのときも、ふりつけの最中、始終姿勢がいいのがえっちだった。そんなカンバンだが、動揺したり気持ちが高ぶると服の裾をパンッと直したり、ハンカチで手を振いたりする神経症っぽい感じも細々入っている。不安になるとボタンを触ったり服を直したりするのえっちですね。
 ほっそりのとき(喧嘩曲『戯れ言』の韓国語読みがホッソリである)、カンバンは両手を広げて棺の上で一くるりと回転するのは知ってたけど、イワンお嬢様……という感じで生で見ると殺伐と優雅が融合しすぎてすごい。そしてみんな同じ衣装なはずなのに、カンバンのコートの裾が異様に広がってうつくしいのは何故なのか。
 ほっそり後、発作を起こしているアリョーシャ。イワンが心情的にやや歩み寄っているか?という感じだが、動作などにはあまり現れていない。
 アリョーシャが、リーズとのやり取りをイワンに打ち上げる場面。サンヒョクさんのアリョーシャ、リーズとの会話をリーズが言ったそのとおりの言い方、ニュアンスで再現してるんだな、という告白の仕方をする。結構、言われたことを苦しそうに告白する演技をするひとが多い中で、もう一歩入り込んでいる演技。言い方がすごくリーズでめちゃくちゃ良かった。「同情しないでよ、アリョーシャ」と本来の台本に名前を足してるのもリーズぢからがつよい。思えば、ぶかまで女達の台詞が出てくるのはこのリーズの部分だけなんだなと改めて思う。サンヒョクさん、リーズが上手すぎてリーズ役やらんかなというくらいだった。
 リーズの話をしているとき、イワンは反応せずに下の方を向いていたように思う。

 スメルジャコフの部屋から自身の思想の書き損じを大量に発見したイワン、ドミトリーが犯人ではないかもしれないという焦燥を抱きつつ、ドミトリーの牢に行く。ものすごく静かで落ち着いたドミトリー。もはや原作のミーチャよりも先に行っているのではないか、と思わされる感じだ。えっちでしかない。
 自分のこれまでの生き方の罪を告白し、「わたしを許してください」とひざまづくドミトリーをあざ笑いながら起こしに行ったら、逆にすがりつかれて振り払うのに必死になるイワン。何とか逃れたカンバンに、「イワン!!!」「イワン!!!」と追いすがるように叫ぶドミトリー……。
 スメルジャコフとイワンの会話。ドミトリーにあれだけ名前を叫ばれたカンバンは、スメルジャコフの名前を呼ばず「おい」と話しかける。
 このあたりから、これまで周囲から一歩後ろに下がり、揺るぎない冷静さを示していたイワンが動揺から上手く話せなくなる。何かに怯えるように、混乱するように、確かめるように、そもそも言葉を忘れたように、つっかえながら話す。
「お前が、」
「お前が殺したんじゃないよな?」
「私が殺したんじゃないでしょう」
 この瞬間、揺らいだことへの安堵感からドミトリーの牢の方まで走っていって悪態を付くイワン。ドミトリーへの威嚇を示す横顔から、激しい安堵感が滲む。そしてもうその一言を聞いたらいいという感じで舞台を捌けようとするイワン。最後に「じゃあドミトリーが殺したんだな」と言って終わりにするつもりだったのに、「どれはどういう意味ですか?」と言われてスメルジャコフのところに引き替えさざるをならなくなる。
 スメルジャコフから「あなたが殺したんじゃないですか」と言われる際、頬に血糊をほんのちょっと付けられただけで、ばっと後ろに飛び退くカンバン。言われた言葉を信じられない様子、耐えかねるようなあとずさりを数歩。動揺が目に見えてわかる慌てようで、頬に血糊は少ししか付いてないのに、慌ただしくポケットからハンカチを取り出して拭い出す。スメルジャコフの言ってることが信じられなくて、ただ無意識には心当たりがあるのか、言い訳もしきりに言葉につかえている。言葉が出てこない。
 賢いはずのイワンが自分の言葉に凄まじい勢いで動揺していくのを眺め、「わからないなんてだめなのに……」とぼそぼそ言ってるスメルジャコフを、また呆然と見るカンバン。なんか全体的にふらふらしだす。原作っぽいじゃないか!
 言い争いからの首締め。長いこと首を絞めるイワン、動かなくなってから長いこと起きあがらないスメルジャコフ。片方の足を前に出すようにして地面を踏みしめ、まじで殺す気じゃないかという必死さだったイワンだが、スメルジャコフ動かなくなってから気を取り戻す。自分のやったことに焦り、触ってもスメルジャコフの反応がないのでスメルの襟に手をやったりしてそわそわしだす。現状がよくわかってない、もしくは確かめるようにスメルジャコフを触ったり眺めたりする時間が長い。本格的に動かないので絶望した様子で、視線を上に上げたところで腕を捕まれる。
 発作の最中、改めてスメルジャコフの部屋にいくイワン。まだ信じられない。しかし、部屋から大量の自分の書き損じの論文を見つけ、確証を得ると同時に自分の罪について理解しはじめる。自分の言葉が引き金を引いたのだとでもいうように、書き損じの紙をあつめたり破いたり撒いたりするので、過去観たことないほど舞台が散らかっていく。
 発作ではジュニュメルも地団駄を踏む。たぶん今日初めて地団駄を踏んだんだろう、という感じのぎこちなさ。事前にフョードルが地団駄を踏むシーンがあり、それをなぞっている感じ。感情の発露がイワンに向かっているというよりかは、怒りの矛先は世の中すべてという感じ。
 イワン・フョードロヴィチの『大審問官Ⅰ』。
 これまでほとんど表情の動かなかったイワンが微笑み、歓喜にふるえ、歯をむき出して歌うのでわたしの正気も削られていく。どこから取り出したのか、本を破いてそれを撒き、また紙が増える。あんまり台の上には登ってない。神に対して告発の比重よりは、自分のしでかしたこと、自分のやってきたことが招いた行動に打ちひしがれている感じ。ずっとすましていたカンバンがもやに包まれながら恍惚とした表情を浮かべるとすごくえっちなんですが、胸が痛いのとえっちが同時に来るので心の道路規制ができずに玉突き事故がおこる。カンバンのイワンも地団駄っぽい振りがあるが、地団駄というよりかな何かを怒りのあまり踏みつけているような感じがする。これまでの自分を踏みつけているみたいな、あるいは応答の無い神とこの世界を悔しくて踏みつけようとせざるを得ないような、そういう印象。歌詞の「苦痛が良くて生きてるんだ」「すべてのことを耐える力が俺にはある」「すべてに耐えるうつくしい、おれの苦痛」のところの演出が言い知れないほどの……つらい情感なのですがえっちでした。この場面は今回から変化してるらしく、イワン・フョードロヴィチの抱く地獄が歓喜に開かれていくかんじがよく出ている。

 曲が終わり、舞台前にくずれているイワン、すがるようにアリョーシャの名前を三回呼ぶ。アリョーシャ、『大審問官Ⅱ』歌いだし。アリョーシャに大審問官という題名の曲を歌わせようという発想がすごいなと今更のように思う。アリョーシャ、歌ってる最中はイワンを解放せず、歌い終わりとともに抱きしめる。顔を伏せ、子供のようにアリョーシャにすがりつくようにするカンバン。あんなに姿勢のよかったイワン坊ちゃんを思うとわたしは……カンバンのえっちさすごくない?緩急が激しいっていいよね、というきもちに。
 落ち着いている長男。もう裁判でおまえを次男というやつはいねえよ。
 ドミトリーの台詞の後、「わたしが犯人です」と立ち上がるカンバン。悪魔に対して挑戦的に立っていたあの自信と威勢の良さは露と消え、ふらつき、まるで悪事を告白する子供のように怯えている。声もずいぶん小さい。つかえながら「私が……犯人です」「スメルジャコフに殺人教唆をしたんです」と話し始める。最初は全然ろれつが回ってない、しかし次第に不自然に、必要以上に調子づいて、最後は大演説という調子になっていく。にいさんは病気なんです! 冒頭に見たときは、これがずっと正気のカンバン兄さんですかとおもっていたので打撃が強い。痙攣のような微笑み。爽やかなんだ……の解き放たれた感じ。話し終わったあとは、正面に向かって座り、耳を押さえている。悪魔の声でも聞こえているのだろうか。
 最後にアリョーシャが修道服のカラーを置いて「決して、跪きません」と言った瞬間、死後世界にあたるだろう場所で座っていたスメルジャコフが唇をきゅっとつり上げて嘲笑、すさまじい喜色を示すと同時にがくっと頭をさげる。めちゃくちゃ怖かった。

 

19日夜

キャスト:キム・ジュホ、ヤン・スンリ、オ・チョンヒョク、チョン・チェファン、キム・リヒョン

空前絶後のチンピラ・イワン・フョードロヴィチに魅せられた回。イワンを翻案するのにこういう味付けは中々できない。アルベール・カミュが観たら解釈違いで泣いただろう。

 四度目となる今回が最後の鑑賞。せっかくなのでスメイワかぶりつきの席で見た。上手の前から四番目。舞台の役者を見上げる形になるが、ここまで来るととにかく近い。光に照らされた役者の表情、感情の発露がダイレクトによくわかる。
 
 ヤンスンリさんのドミトリー、出だしから声がでかい! 暴力的なドミトリー像が全面にでている。周囲をあざけるような口の端だけで笑うのがうますぎるぜ、やんどみ! ちょっと神経質そうな顔付きのヤンドミは、それが絶妙な癇の強さ、あるいは気品となって現れるので、その移ろいを観るのも面白い。
 チョンヒョクさんのイワンは、他の二人のイワン・フョードロヴィチとは違い、事前情報が一切無くてノーマーク状態だった。冒頭から眼鏡がなくて「眼鏡ないな……」と思っていると、しゃべり出しからすごいチンピラ風でびっくりした。えっ、一体なんなんだ、このガラの悪いイワン・フョードロウィチは!!!
 チョンヒョクさんも喋るときにポケットに手を入れがちだが、前日のカンバンとはニュアンスが違う。北野武作品に出てくるインテリヤクザみたいな感じもある。胡散臭さも強く、この胡散臭さが絶妙なドストエフスキー味になっている。ちなみに品は全くないので、露悪的な性格の悪いYouTuberみたいな感じもじゃっかんする。もしくは、スターバックスとかで液晶越しに大学生向けに怪しげなセミナーをやっている若い男。大学にいたとき、インカレサークルに入っていて結構友達とかもいそうな軟派さを感じる。あっ、もしかして友達がいるほうのイワン・フョードロヴィチさんですか?
 なんというか、翻案作品で「イワン・フョードロヴィチ」を組み立てるときに、だいぶ捻らないと出て来ないようなキャラクター付けになっていて面白かった。こんな方向性に伸ばしたイワン・フョードロヴィチ、わたし初めて……!!!
 チョンイワ、ものすごく感情を込めて大審門官を読む。読むというか、一人劇みたいなかんじ。台詞を気持ちをこめていちいち演じている。ちなみにこのイワン、他のイワンはスムニダ体でフォーマルに喋っているところもヨ体に崩して喋っていて、やはり何となく軽い。相手に対して敬意を示さないのをわざとやってる感。わりと自分の考えに自信ありげ。自分のことを「神の手から離れてやった」と思ってそうな感じというか。
 系統としてはアン・ジェヨンが演じるイワン・フョードロヴィチ像に近いものがあるのだが、ジェヨンさんのイワンが傲慢で高潔で面倒くさい悪役令嬢なのに対して、チョンヒョクさんは本当に所作が隅々までチンピラ。何度も言うか、なぜだか胡散臭さが先立って品がない。如何にも「よっ、カラマーゾフ!!!」という感じなのだ。確かにお父さんに似ている。改めて、このキャラクターの再発見はすごい。ちなみに、この日はフョードルに加えて、上二人の佇まいや演技に品がなく、アレクセイは苦労するだろうなって感じだった。イワンが最初にミーチャの独房に行くときも両方とも攻撃性が剥き出しで、相当仲が悪かった。昨日のしっとりした兄たちとはまるで大違いである。ちなみにチョンイワは父の遺灰を落とすとき、ヤンドミに手で受けさせていました。やめたれ。
 スメルジャコフ役は、初日と同じリヒョンさん。今日のスメルジャコフは、ボブワンに対するよりかはチョンイワに対し冷静で、距離がある。え、まじであれなんやったや。動作はでかいが、あくまでイワンの教えを通じてイワンに一目置いている感じ。ファン仕草がなく、狂気ばしってないので、17日公演の五倍くらい可愛く見える。ちなみにリメル、フョードルの「おれが死んでいるからだ!」の時の笑い方が全然笑ってなくて、はははは、てただ声出してるだけみたいな感じと、スメルの夢のときに一気にバラを投げて、あとからしわけするみたいな感じなのは三回とも同じだった。こわいが? あと、『父と息子』の楽曲でドミトリーがフョードルに銃を突きつける場面、イワンもスメルジャコフも前のめりになるんだけど、その様子を見て笑っているイワンをスメルジャコフが五度観くらいしていた。彼のなかの殺意を確かめるみたいに。

 『水蒸気』のとき、「この癲癇持ちの下男野郎が」ってイワンがスメルの胸ぐらをつかむけど、自分が掴んだのに放したあとすぐに急いで手や膝をハンカチで拭う。このイワンもちょっと潔癖で、とくにスメルジャコフを汚いものだと思っているような演技が節々に入る。
 アリョーシャ、全体的に静かに耐えているイメージ。特にホッソリ後のおびえが特徴的で、舞台の前にうずくまって真剣に怯えている。近づいてきたイワンの「アリョーシャ」という声にまで怯えて、わっと飛びずさって顔を上げる。
 ちなみに、『箪笥の中で』で一番アリョイワのこころが通じていたのはこの日の二人だったと思う。歌いながら、何度も二人でお互いの目を見ている。歌に入る前にイワンがアリョーシャにいろいろ尋ねるが、わりと切実というか、イワンのほうがアリョーシャとしゃべりたいんだろうなという演技。人を見下した態度で、決して同じ土台に立とうとしなかったイワンがやっと武装解除したかんじもある。
 ヤンスンリさんのドミトリー、『足のない鳥』では砂を手を広げて落とさず、手のあいだから溢れさせる。冒頭の二人の仲がまじで最悪だったので、ここでしんみりと話をするドミトリーとイワンの落差に味がでる。あんな「韓国ノアール作品かな?」と思うほどお互いにアオリ合っていたのに……。

 スメルジャコフとイワン。問答の後、最後に「じゃあ誰が殺したって言うんだ!」のとき、襟首を掴んでスメルジャコフを立たせるので、立ったまま血糊がつく。チンピライワンを襲う、強い動揺。冒頭からずっと人を食ったような態度だったので、余裕がなくなってくると落差が強調されていいよね。そしてこのイワン、冒頭からの好感度が低いので、何となく「痛い目に遭ってる」ように感じるのも面白い。
 発作の最中、完全に腰が立たなくなって座り込んでしまうイワン。体を壁に預けて、足を投げ出している。えっちだが?
 スメルジャコフの部屋に行き自分の論文を見つける。最初は笑うが、次第に事態が染みていくのか徐々に真顔になる。スメルジャコフの部屋で倒れ、発作の予兆。部屋から這い出たところをスメルジャコフに指さされる。自分の罪の告発を受けるイワン、曲が終わった後にふらふらになりながらスメルジャコフの顔付近に布だけかぶせるが、すぐに後ずさって離れる。棺の後ろの方で、先ほどスメルジャコフから言われた言葉を否定するように、「おれじゃない」「おれじゃない」「おれじゃない」を繰り返している。
 そんなイワンを尻目に、ふうっと上半身だけバネ式のようにひとりでに起きあがってくるスメルジャコフ……非常に怖いが、ボブワン回と比べると全然違うし非常に辛い。これは同じミュージカルですか? 布を取ると、舞台の真ん中で布を横抱にしてピエタのようなポーズをとるスメルジャコフ。そして首を括る。
 暗転後、大審問官Ⅰ。なんというか、チョンイワは彼自身が「チンピラ悪魔」という感じで、彼自身はほとんど神と手を切ったつもりだっただろう。なのに一連のことでひどく動揺し、罪の意識を覚えてしまったことで逆に自分の中に神を見つけてしまう。自身のひび割れたところから、完全に追い出したと思っていたはずの神が入ってきてしまい、再び正面から「なぜ」と問わなくてはいけなくなる、という感じだった。
 完全に精神が崩れてしまうイワン。アリョーシャが歌っている最中、棺に背を預けて座っているが、どこか別のところを見てしきりに笑っているのと怯えているのを繰り返している。見えないものを観ている様子。
 ドミトリーの裁判シーン。
 やんどみ、やはり声がでかくてガラが悪い!!! これまでのミーチャはこのシーンではみんな落ち着いているのだが、やんどみはそう言う落とし方はしなかったようで面白い。続いてイワンの演説、先程まで虚な目をして空笑いをしていたのに、いきなり冒頭の詭弁っぽいチンピラに戻って演説を始める。しかし、言ってることのめちゃくちゃさと目が変なので完全に崩れていることがわかる。最後の「悪魔の唾が……」から「さわやかだ」のところに至っては歩き方がぎこちなくなり、節々が曲がらなくなり、壊れた人形みたいになりながら移動する。棺の前に来ると客席を向いて座り、右手をすっと上に上げて「私が父の死を望みました」という。
 見ながら、ここにきて右手なんだね、イワン……という気持ちで胸がいっぱいになる。全体を通じてずっと自らを偽装し、軽薄さを纏い、胡散臭さがフル全開だったこのチョンイワが最後に「右手を挙げて父の死を望んだことを告白する」というのはすごく良い。原作アリョーシャの「僕は兄さんにこのことを伝えるために、天から使わされてきたんです」という精霊に満ちたシーンと被せてあるのは言うまでもない。このあたりの機微は台本にはないので、イワン・フョードロヴィチ役のオ・チョンヒョクさんが個人で練り上げたものだろう。
 チョンイワ、完全にダークホースだったが、変なセミナーを開くとともに露悪系YouTubeとして名を馳せ、三流チンピラとしての胡散臭さと柄の悪さと軽さを纏ったようなイワン・フョードロヴィチという今まで考えたことも無いようなイワン像を見せてもらえて、しかも単に奇をてらってやったのではなく、しっかりと原作に根を張った翻案として魅せてもらえたので、本当に本当におもしろかった。

 

結論:ぶかまは面白い。また観に行きます!!!!